せっかくだから、今日は一日ごろごろしてのんびり過ごそうかなあ…なんて、思っていたのだけど。 カーテンを開けた瞬間、そんな考えは綺麗に吹き飛んでしまった。 「…快斗!ドライブいこ!」 「…今日は家でのんびりするって言ってなかったか?」 「気が変わったの。こんな日に出かけないなんて、もったいなさ過ぎるじゃない」 洗濯機を回している隙に掃除機をかけ、布団を干し、洗い物を乾燥機にかけてから回し終わった洗濯ものを干す。その一連の作業を驚くべき早さでやってのけると、はすぐに出かける支度を始めた。 (…ったく、しゃーねーなぁ) 全く、色々考えていたプランが綺麗に飛んでしまった。いくつかのパターンは考えていたが、起き抜けにドライブはさすがに想定外だ。あくびをかみ殺しながらごそごそと支度をすると、の準備が終わるのを車庫で待っていた。 「お待たせ!…ねぇ、久しぶりに私が運転してもいい?」 「…いいぜ?」 時期的にミュールでも良さそうなのに、しっかり運動靴を履いている。すぐにそれに気付いた快斗は、さっさと助手席へ回った。自分が運転するのも好きだが、横に座ってが運転している様を見るのも好きだった。 「ふふ、運転できるかな」 「おいおい、エンスト…」 ぶすんっ!! 「…………さーん?」 「やだなぁ、予行練習だって!」 「エンストのか」 「そうそう」 黒羽家の車は、今時珍しいマニュアル車である。しばらく乗らないとクラッチの感覚がつかめなくなるのはまぁ仕方のないことではあるが、果たしてこんな調子で大丈夫なのだろうか。 止まったばかりのエンジンを再度かけ直すと、今度は慎重にクラッチを上げてゆく。 「……。」 三足に入っていたギアを無言で素早く一足に入れ直してやると、が微かにひきつった笑いを浮かべた。 「しゅ、出発!」 「…へいへい。」 大きく揺れた車体に舌を噛みそうになりつつ、快斗は苦笑しながら相槌を打った。 「ねえ、快斗は…」 「ん?」 「…ううん、何でもない。」 少し前に流行ったポップスが、己を主張しない程度の音量でバックに流れている。歌詞は聞き取れないが、激しさも哀愁もない心地よいメロディーだ。開けた窓から入ってくる爽やかな風に髪をなびかせ身を任せつつ、快斗は微笑んだ。 「…覚えてる。」 一瞬、が驚いたようにこちらを見て、慌てて視線を前に戻した。 「……なんで?」 「ちょうどこの季節だったしな。それに、今向かってるだろ?」 主語も述語もないの問いにも、快斗は当たり前のように答えた。その言葉には苦笑を浮かべつつ、言葉を返すことなく緩やかなカーブの先を見つめる。…開けた窓から香るにおい。目的地は、近かった。 「…何年生、だったかな。」 「高一だ」 即答すると、快斗は窓を閉めた。音楽を止め、後部座席に置いておいた二人分の荷物を手に取る。 「…今朝、急に思いついたの。そういえばあれ以来、来てなかったなあって」 ぎっ、とハンドブレーキを引き、バックギアに入れてからエンジンを切る。シートベルトを外しながら、快斗はにっと笑って言った。 「よく迷わずにつけたな。そちを褒めてつかわす」 「……っぷ、何それ」 バタンとドアを閉め、キーのボタンを押して鍵を閉める。快斗が差し出した荷物を受け取ると、そのまま小走りで目的地を目指し駆けだした。 「転ぶなよ」 「転ばないよ」 最初こそ運転も危なっかしかったが、運動神経全般は悪くない。ああ、運動神経なんてものは存在しなくて、運動を司るのは小脳だったっけと学生時代に快斗から得た知識を無駄に思い出しつつ、たんっ、と勢いをつけて防波堤を上った。 「………っくぅーっ!!」 ザァッ……ザァッ…… 寄せては返す、白い波。 まだ人気のない海の家は、あばら屋のようでどこか侘びしい。海開きのされていない砂浜には、誰の足跡も付いていなかった。 「…驚いた。あの頃と大して変わってないんだな」 あとから追いついた快斗が、同じく防波堤の上に立って周りを見渡した。 「ココ、開発に取り残されちゃったみたい。まぁ、私にしてみればそっちの方が有り難いけど」 「あぁ……そうだな。」 夏になればそこそこ賑わうのだろう。全国放送はされなくても、地元のテレビは取り上げる。その程度の規模だが、だからこそあの夏、穴場を見つけたつもりでここに来たのだ。 「…座るか」 「うん」 強くはない海風が、悪戯にの髪を踊らせる。それをくすぐったそうにしているの横顔は、本当にあの頃のままだった。 ぱたぱたと煽られるシャツの上からズボンの後ろポケットを押さえて確認すると、快斗は「目、瞑って」とに囁くように言った。 「…なぁに?」 「黙ってろよ」 首周りがくすぐったい。あ、快斗のにおいがする、なんてぼんやり考えている内に終わったらしい。 「いいぜ」 …ゆっくり、目を開ける。そっと胸元に手を伸ばすと、そこにはシルバーチェーンのネックレスがあった。華美すぎず清楚すぎない存在感を放つ四つ葉のクローバーには、小さく「1st Anniversary」と彫ってある。 「…快斗!」 ぱぁっと顔を輝かせたを抱き寄せると、そっとついばむようなキスを落とす。 「…さんきゅ。これからも、よろしくな」 「……うん。」 大好きな人の腕の中で、未来を誓うことの幸せ。 …そしてまた、来年も。 ----------------------------------------------------------- 「CERISIER」さま1周年のお祝いとして捧げたもの。いつも仲良くしていただいて、本当に嬉しい限りです…!精一杯のお祝いの気持ちを込めて。 これからの更なる発展をお祈りいたしますvv BACK |