「あなたは、だれ?」
クリアな音声が、最初の言葉を紡ぎだす。
「…探。僕は、白馬探だよ」
少しかがんで、真っ直ぐに、その瞳を見つめて。
「探。…探、覚えました。」
にこり、と笑って答えたその瞳は、鮮やかなブルーだった。





感情イコライザー







「探!朝ごはん、できたよ!」
「……。これは失敗作だ」
ぶすぶすと黒い煙を上げる卵焼き(っぽいもの)を前に、白馬は苦笑した。
「失敗……?私、間違えた?」
「いいよ。プログラミングしなおそう。…少しずつ、覚えていこう」
……は、白馬が作り出した精巧なロボットだった。
ロボットというよりも、アンドロイドと呼んだほうが良いのかもしれない。
一見しただけでは、本当の人間と見紛うほどの出来である。
…けれど、あまりにも真っ青な瞳は、どう見ても人間のものではなくて。
ただそこだけが、が人間ではないのだということを教えていた。
「探」
「なんだい、
「…私は、探の役に立っている?」
「………うん。は、僕にとっての大切な存在だよ」
「よかった…!」
花のように、広がる笑顔。
それをどこか寂しげな面持ちで見ている白馬には、は反応を返さない。
プログラムした言葉。
プログラムした反応。
プログラムした笑顔。
人ではないものが、人のように話し、笑い、悲しむ、なんてのは夢物語だ。
表面上は可能だとしても、必ず限界が生まれる。
どれだけ多くの言葉を覚えさせても、反応をプログラムしても。
人間は、日々変化してゆく生き物だから、決して追いつくことは出来ない。
(…僕は、に何を求めているんだろう)
不治の病で亡くした愛しい人に似せて作り上げた存在。
……自分が、そんな陳腐なことをするとは思っていなかった。
それでも、何かをしていなければ気が狂いそうだったのだ。
何かをしなければ、でも何をすれば、ぐるぐるぐるぐるぐるぐる、回り続けて。
…そんな中で生まれたのが、だ。
喪った彼女にあまりにも似すぎていて、最後の最後に瞳を入れ替えた。
自分を失いそうなときには、その瞳を見て言い聞かせるために。
彼女は帰らないのだと。
であり、決して彼女ではないのだと。
「……探…?」
静かな自分を心配して反応する、
設定したのは自分だというのに、そんなを可愛らしく思ってしまう。
「大丈夫だよ、。ありがとう」
「ん…」
頭を撫でてやれば、嬉しそうに笑って。
(自分はもう、とっくにおかしくなっているのかもしれない)
それでも、いい。
生きる意味が、そこに在るのなら。





「あ、だ!ー!」
「あー、ともくんだ。お帰りなさい」
少し離れた家の子どもが、無邪気に駆け寄ってくる。
それを歓迎して、はにこにこと笑って答えた。
「あれ、ともくんお手紙持ってるね。誰に出すの?」
「サンタさん!」
「……サンタ、さん…?」
キュウウウウゥウゥゥゥ……と検索をかける間が空く。
どこか虚ろな瞳をしているを、不思議そうに見つめて問いかける。
、サンタさん知らないの?」
「…サンタ、さん。知らない」
「じゃあ教えてあげる」
“教えて”という言葉に反応して、脳が新たなプログラムを組む体制に入る。
「サンタさんにお願いすると、クリスマスの夜にプレゼントを持ってきてくれるんだ。お願いを叶えてくれるんだよ」
得意げにそう言って、「ばいばい」と去っていく後姿を見やる。
「…願いを、叶えてくれる」
“願い”という言葉に反応するプログラムは、多くはない。
その中でもさらに奥、隠された奥の奥に見つけた。

「探の、願い……………叶えたい」




クリスマスには、チキンを用意して、ケーキを食べて。
そんな光景、すっかり薄くなったテレビの中だけだ。
“ブラウン管の向こう側”なんて言葉が使われていたのも、今は昔である。
…クリスマスは、縁遠いイベントだった。
?」
常なら必ず視界に入るところにいるはずのが、姿を見せない。
「どこにいるんだい?」
胸にあるのは、焦燥感。
ソファから立ち上がり、再びその名を呼ぶ。
「探」
ゆっくりと、廊下を歩いてやってきたがその名を口にする。
「ああ、そこにいた…ん、……」
安堵の表情で、言いかけて。
あたたかな、ブラウンの瞳に言葉を失って立ち尽くす。
頬は、ほんのりと朱に染まっていて。
…声には、ぬくもりがある。
「君……は……」
「私の名前は、    」
言葉が、途切れる。
「…?     、」
苦しげに、喉から搾り出すように。
泣きそうな表情で探を見つめる瞳は、やっぱりブラウンで。
そうして、その表情はプログラムした覚えのないもので。
「…君は、その名を知らないだろう?」
難しいことはわからない、なんて馬鹿げたことを言うつもりは無いけれど。
それでも、一生懸命にその名を口にしようとするが、愛しいと。
そう思わずにはいられなかった。
そして、それ以上の感情はなかった。
「探、ごめんなさい。私、探の願い、叶えられなかった」
ぽろぽろと流す涙は、あたたかで。
拭っても拭っても、なかなか止まってはくれなくて。
「……僕の願いは、叶ったよ。ありがとう、
抱きしめた体は、確かに、人のそれだった。





「………………?」

“探、ごめんなさい。”

目覚めた朝、愛しいぬくもりは隣にはなく。
たった一言の書き置きが、全てを物語っていた。


       一夜の奇跡の代償は、永遠の別れ。 
             せめて私は、人としてあなたの前から去りたかった。



「…………ありがとう。ありがとう、。」
君の遺してくれた想いは、確かに僕の中に息づいている。

…君の優しさを抱いて、僕は生きてゆくよ。




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