地下室





「ぎゃ―――――――っ!!!」
…響き渡ったのは、雑巾を裂くような女性の悲鳴だった。





「肝試し?」
「そう!せっかくやし、やってみぃひん?今週の土曜日に!ほんまに出るんか確認しよ」
和葉の提案に、は首を縦に振れずにいた。…正直言って、そのテの話は大の苦手である。できれば御免被りたいのが本音だ。
「ら…蘭は?」
おそらく自分と同じ意見であろう蘭に、助け舟を求める。
「いいんじゃない?やってみれば」
「えええええ!?」
にこやかに言い切った蘭に、が不満の声を上げた。
「蘭だって怖いの苦手じゃん!」
「だって私、部活の練習試合があるから行けないんだもの。どうせならにどんなものか見てきてもらおうと思って」
「………うわぁぁんっ、蘭の裏切り者ぉお!!」
だっ、と教室を飛び出していったを見送ってから、和葉が蘭に向かって呟く。
「…、来るやろか?蘭ちゃんおったら来ると思とったけど、蘭ちゃんおらんやったら来ぇへんかもなぁ」
「あはは、大丈夫よ。はきっと来るわ」
「…え?何で?」
「だって…ねぇ?」
ちらり、と視線を飛ばした先では、新一と平次、それに快斗がさり気なさを装いつつ聞き耳を立てていたのだった。





「快斗も来るぅ!?」
「せや!そんならええやろ?な、
「…って、なんで快斗が来るなら私も行くって話になるの?」
ジト目で睨んで言うに、和葉があははと笑いながら言う。
「や、なんとなくやなんとなく!それに数合わせに女の子もう一人誘ってん。に来てもらわな、そのこに頼んだ意味なくなってまうんよ」
「むー…」
自分たちだけの問題ならば、あっさり蹴ってしまいたい。…が、他の人にも迷惑がかかるとなると、ちょっとこれは断りにくい。
「…仕方ないなあ…。そこまで言うんだったら、今回だけね。付き合ったげる」
「ほんま!?おおきに!ほんなら、今夜7時に校門前に集合な!」
ぱっ、と笑顔になると、和葉はそのままあっという間に走り去ってしまった。
「…あっ!快斗と私がなんで繋がってるのか問いただすの忘れたっ!」
がそのことに思い当たった時には、もう絶対に追いつけないところまで逃げ切るために。





「……や、やっぱやめよ、か、な…」
夜の学校。
…それは、何故かはわからないが、ちょっと筆舌に尽くしがたい程の恐怖を抱えている。姿無き足音、笑い声の聞こえる女子トイレ、勝手に動く人体模型…
「じっと自分を見つめる石膏像…昼間と数が違う階段…」
そくりと背筋があわ立つ。…そこでようやく、は自分の背後に立つ人物に気が付いた。
「……って!!勝手なナレーションを人の中に流さないでよね…平次!」
「あ、バレてもうた?ハハ、雰囲気作りや」
ひらひらと片手を振って言った平次の後ろから、ひょいと和葉が姿を現す。
、早いなァ!気合十分やね」
「そんなんと違うけど…」
さっさと済ませたいという深層心理がそうさせているのだが、そのことには自身も気づかずゆるりと校舎を見上げる。…時刻が遅くなるにつれ、より一層不気味さを増すように感じるのは気のせいだろうか。
「おー、もう来てたのか。悪ィな、遅くなって」
反対側から新一が現れ、はほっと息をついた。周りに人が増えるのは、無条件に安心する。
「あー!青子たちが最後だよ!もう、快斗がぐずぐずしてるから!!」
「オレか!?オレのせいなのか!?」
新一が来て間もなく、今度はやたら元気のいい声がやってくる。聞きなれた声と初めて聞く声に、がそちらを不思議そうに見やった。
「あ、、この子や。数合わせに付き合うてもろた青子ちゃん。黒羽くんの幼馴染やて」
「へー……」
幼馴染なんていたのかー…とぼんやり考えていると、青子の方からずんずんやってきた。
「こんにちは!私、中森青子。ちゃんだよね?よろしく!!」
ぶんぶんと手を握って握手され、も慌てて答える。
「あ、うん。…って、え?あれ、なんで私の名前…」
。」
ずい、っと青子をおしのけ、快斗がの前へやってくる。
「……快斗。どうかした?」
ぽん、との肩に手を置き、快斗がぼそりと言う。
「出るらしいぜ。体育館の地下室。」
…硬い拳が、快斗を宙へと吹っ飛ばした。





「ほな、このメンツで決まりな!ルールは簡単。生きて帰ってくること!」
「アバウトすぎるよ平次…」
げっそりとして言ったに、平次が豪快に笑って言う。
「ええやないか、わかりやすーて!ほな一組目、行こか?青子チャン」
「はーいっ!」
単純にくじ引きで決まっただけの異色のコンビだが、何やら魂で通じるものがあったらしい。肩でも組みそうな勢いで突入していった。…自分たちの担当である、裏の雑木林へ。
「じゃあ、オレらも行くか?」
「せやな。無事帰ってこれるよう祈っててや!」
続いて、新一・和葉のコンビ。…こちらは、昼間に開けておいた廊下の窓から理科室へ潜入だ。
「…最後になっちまったけど。オレたちも、行くか」
「行かなくてもバレないんじゃないかなぁ最後だもんここに残ってれば『一番に帰ってきたよ!』とかそういういい訳が」
「諦めろっつーの。行くぞ!」
「いやぁぁぁぁあ……」
…そうして、快斗とは体育館の地下室へ。それぞれいわくつきの場所へと、肝試しに出発したのだった。






「…怖いのか?」
「怖い。」
普段なら強がるところだが、今回ばかりは遠慮なく怖がろう。は今日、そう決心してやってきた。快斗としては、と二人で肝試しなんてお化けを見る以上にドキドキなのだが…どうやらにそういった余裕は無いらしい。
「ねぇ快斗、ユーレイって格闘技通じるかな?ポケモンだとさ、ゴースとかゲンガーにノーマル系の技は通じないの。貫通しちゃうから」
無意識になのだろう。ぎゅ、と快斗の袖を掴み、身をぴったり寄せながらが呟く。
「え?あ、あぁ…ええと、そうだな、通じない…かもな」
ぶっちゃけどうでもいいけどな。
…などと言うこともできず、快斗は曖昧に返事を返した。和葉が話しているのを聞いたときは「しめた」と思って色々裏工作を仕組んだが(バレてると思うけど)、いざ成功してみるとちょっとこれは予想以上だった。…肝試し最高!!とか思っている自分が、
(情けねーな…とも思うけどよ)
人間正直が一番だと思う。
そこで快斗は、もう一つ正直になってみることにした。…人は、お化け屋敷などでのドキドキから恋と勘違いして本物の恋愛に発展することも珍しくないらしい。ならばそれを利用しない手は無いではないか!…とか思っちゃったりするのである。
「なぁ、
「え?」
快斗の呼びかけに、恐る恐る顔を上げる。どうやら今まで、俯いて歩いていたらしい。
「アレ見てみ」
「……ア、レ?」
前方を指差し、の注意をそちらへ向ける。
…そうして、ついっ、との首筋を指先で撫でた。

「ぎゃ―――――――っ!!!」

…響き渡ったのは、雑巾を裂くような女性の悲鳴だった。
「いっ…!?」
「いやぁぁぁぁぁぁあぁああ死ぬ怖い殺されるうわぁぁああぁぁぁぁっ!!!」
壮絶な叫び声を残し、はあっという間にその場を走り去っていった。…快斗に目もくれず。
「…あ、え?……オレの立場は……?」
「…が一筋縄でいくとは思うてへんかったけど、こら予想以上やなァ」
「あっはっは、あいつマジおもしれーな」
突如背後で聞こえた声も、なんとなく予想がついていたので快斗は振り返らないままに返した。
「…オメーら、パートナーは」
「ぐるりと一周して戻ってきて、今は二人とも校門横で待ってるよ」
ぎぎっ、と首だけまわして振り返り、快斗が新一と平次に引きつった笑みを浮かべて言う。
「…現実って、甘くねーな」
「まったく、オメーのトリックにだまされたフリしてやったのによー」
「肝心の本人がコレじゃあなァ」
ケケケと笑いながら言った二人に、快斗はがっくりと脱力して膝をついた。…甘かった。どこまでも甘かった。
「…精進シマス。」
「おう、頑張れよ!」
…無責任な責任を一身に受けて、快斗はこっそり涙した。





「…かずっ、かずはぁっ、あお…こ、ちゃ…!!逃げっ、敵が!!敵が…!」
「ちょっ、ちゃん!?」
、落ち着いてぇな!」
…こちらはこちらで、恐怖の涙をだばだば流しつつ。



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