追試





「…あの、ごめんね、ちゃん…」
「ううん…青子のせいじゃないから気にしないで…」
話したい盛りの女子高生二人で、完璧に勉強しようと思ったのが間違いだったのだ。…それでもまぁ、今回はマシな方だったと言える。
…一つ二つと並んだ赤座布団に、はひきつった笑みを浮かべて深々とため息をついたのだった。





「ん。」
「……なに?」
教室に戻ってくるなり、自分の席へとやってきて右手を差し出した快斗に、が訝しげな声を上げる。
「成績表。」
「……なんで、」
快斗に見せなきゃいけないの、と続けようとしたときには、既に成績表は快斗の手の中だった。
「ちょっ!!」
「あーあー…しょーがねぇなぁ。これは今日からみっちり勉強しなきゃだな!」
「わかってるよ!んなことはっ!もう…返して!」
奪い返そうと伸ばした手を、快斗に捕まれぐいっと引き寄せられる。
「なっ……」
「オレが教えてやるから」
覗きこむようにして至近距離から言われた言葉に、一瞬、思考が止まる。…その快斗の言葉には、どこか、有無を言わせない力があって。
「………あ、うん…」
「っし!じゃあ今日の放課後からな!」
ぱっ、と手を離され、笑顔で言われる。…それは、のよく知るいつも通りの快斗だった。
「なんや、赤点か?」
不意にずしっと頭の上に降ってきた重みに、は机にへばりついてうんざりしたように言った。
「…平次。わざわざ笑いに来なくていいんだけど」
「せっかく教えたろー思うたのに、お言葉やなあ」
の先生にはオレが立候補済みだっ!」
平次をひっぺがして言った快斗の言葉に、平次がきょとんとして言った。
「…黒羽が?」
「そう、オレが。」
その言葉に、平次は何やら思案してから新一の元へ行くとこそこそやりだした。
「…?何やってんだろ、平次と新一」
「さぁ?気にすんなよ。じゃあ、放課後忘れんなよ」
「え?あ、うん…」
いつのまにかチャイムが鳴っていたらしい。日直の号令で席を立ちながら、はちらりと新一のほうへ目をやった。
(うーん…)
なんだかちょっと、不安だなぁ。





帰りのHRが終わり、各々部活やバイトなどで割とあっと言う間に教室からは人の気配がなくなる。蘭や和葉の部活がない時には放課後残ってお喋りをしたりもするが、今日は空手部も合気道部も活動中である。
「っし、んじゃ始めっか?」
「あ…うん」
どこに行っていたのか、やけにご機嫌な快斗が教室に入ってきた。
(い〜や〜だぁ〜!!)
(黙れ黒羽っ!これでに見抜かれたら、そこに愛がある証や!)
(そんな検証はいらねぇっ!)
快斗を押さえ込みながら、教室の扉についている窓からそっと中をのぞき込む。…つまり、今の前に座っているのは新一なのである。
「…天気、悪いね。」
「ん?あぁ、そうだな」
(やだな……)
雷雨にならなきゃいいんだけど。
不意に以前あった保健室での1件を思いだし、ちらりと快斗を見やった。
「ん?どうかしたか?」
「あ、何でもない」
慌てて視線を逸らすが、…なんだろう。今、何かが引っかかった気がした。
(違和感…?)
何に、対して?
「まずは数学からな。オメー、これが一番苦手だろ?」
教科書片手に言われ、慌てて意識を戻す。きっと何か自分の気のせいだったのだろう
「うん。なんかもう、わかんないところがわかんない、って感じ」
「なんだそりゃ」
「笑わないでよ!」
その様子を見ながら、平次が快斗に向かって言う。
「なんや…普通に仲良うやっとるで」
「なぁ、服部」
だが快斗は、そんなことよりも気がかりなことがあった。…空が、暗い。
「なんや?」
「…止めるなよ」
「は?」
「そのときは、止めるなよ。」
…近い。
しゃがみこんで背を預けていた廊下から立ち上がると、どこからともなく新一風のヘアセットを取り出して装着した。
「おい…」
は新一をオレだと思ってるんだ。黒羽快斗が二人もいたらややこしいだろ」
以前にも、快斗は新一と入れ替わったことがあった。その時は、幼なじみの蘭にすら見抜けなかったのだ。…に見抜けなかったからといって、どうこう思ったりはしない。
(………来る)
あの位置で光ったということは、次は確実に。
「…服部」
「止めるよーな野暮はせえへんて」
ひらひらと手を振って言われ、苦笑する。…野暮、か。
「よー。はかどってるか?」
ガラリ、と戸を開け中に入ると、二人が同時に目を丸くした。
「新一!なんでこんな時間まで…」
「ああ、ちょっと職員室に用があってな。どうだ、オレも見てやろうか?」
「…新一」
「いいじゃねーかちょっとくらい。快斗は飲み物でも買って来いよ」
そう言うと、小銭袋を放って寄越す。仕方なく席を立つと、その小銭袋を持って教室を出ていった。待ちかまえていた平次の横で当然のように財布を開けると、新一は中から紙片を取り出した。
「…なんて?」
「『あとはオレに任せてくれねーか?』だってさ。…しゃーねーなぁ、邪魔者は退散するか」
「しゃーないなァ。…明日、黒羽に昼飯オゴらせたろ」
「あ、オレも!」
そんなことを話しながら、昇降口へ向かう。空を見上げてから、新一がふと思い出したように言った。
「…そうか……」
「? なんや」
疑問符を浮かべた平次に答えることはせず、教室があるほうを振り返った。
(もしかしたら…)
「なぁ、どないしたんや?なんか問題あったんか?」
「いいや。…大丈夫だよ、あいつが付いてるからな」





「…新一、快斗遅いね」
「んー?そうかぁ?」
落ち着きなくきょろきょろするに、内心ドキドキする。…自分のことを、気にかけてくれていることに。
「ちょっと私、見て……」
そう言って、が席を立とうとしたときだった。

カッ!!

…稲妻が、暗かった教室の中を一気に照らした。
「…!!」
声にならない悲鳴を上げ、が机の下に飛び込んだ。
!!」
「あ、や、その…ひ、避難訓練!気にしないで!!」
防災頭巾を取り出そうとごそごそやっている隙に、どうやら本陣が来そうだった。
(くそ……!)
新一でもオレでも、もうどっちでもいい。…そう思った次の瞬間には、体が動いていた。
「バーロー、そんな突発的避難訓練があってたまるか!」
ぐい、と机の下からを引き出し、そのままの勢いで抱きとめる。
「ちょっ……」
「…こうしてるほうが、怖くねーだろ?」
ぎゅ、と強く抱きしめられる。…稲光に続いて雷鳴も聞こえていたが、不思議といつもの恐怖が襲ってこなかった。
(あれ…?)
不安と恐怖でいっぱいだった心が、落ち着きを取り戻していく。…この、感覚は。
(それに、私…新一に、雷が苦手だなんて)
徐々に頬が高潮していく。…ひとつの答えが、見えてくる。
「オレがついてるから、心配すんな。」

(「オレが…ついてっから、しんぱ…す…な…」)

…そう言われたとき、の中で、何かが弾け飛んだ。

ぎゅ、と快斗の背に手を回し、そっと呟く。
「…ありがと、快斗。」
「え」
バレたか…とちょっと残念に思う気持ちと同時に、なんとも言えない喜びの感情もやってきた。…それは、自分をわかってくれたためか、それとも背中に回された腕のためか。
ゴロゴロと鳴り続ける雷鳴の中、はあたたかな気持ちでいっぱいになっていた。雷が鳴っているのに、こんな風に安心していられるなんて。
(ごめん、青子)
この前の私、すごく嫌なやつだったよね。私ばかだから、何であんなふうになっちゃったのか今になってわかったよ。
(ありがと、蘭)
私、ようやくわかったよ。今なら、疑問形じゃなしに言える。

快斗といると楽しい。
快斗といると、なんだか幸せな気持ちになれる。
すごく…安心する。


そっか、……そうなんだ。

私、快斗のこと、好きなんだ。




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