「今年の球技大会の種目、決まったらしいぜ」 「…へえ。で?」 開いていた新聞をバサバサと雑多に閉じると、快斗が興味深そうに聞いた。 球技と一言に言ってもそれは広義で、バスケット・バレー・卓球・ポートボール・キックベース・サッカーなど多種に渡る。その中から、毎年生徒会が各クラス代表の役員の要望と投票で決めるのだ。 「今年は加熱しそうだぜ?なにしろ…」 言って、新一がニヤリと笑って告げた種目に、快斗は目を輝かせた。 「どりゃあっ!」 わあぁぁあぁぁぁあぁっ!!! ホイッスルが鳴り響き、球のヒットを知らせる。 ………そう。今年の種目は、ドッジボールだった。 「…けどよー、一つのクラスを二つに分けたら、最後はクラス内決戦とかになったりすんじゃねーの?」 飛んできた球を軽く避けながら、快斗は横手にいる新一に話しかけた。 「そうだな…けど、クラス別だと人数多すぎるだろ?それこそ当て放題…だっ!」 ピィィイイイッ! 「けど、最終的には、このクラス別で勝ち残ったクラスが丸ごと学年別対抗にいくわけだろ?同じクラス同士が残った場合、どっちが勝っても進めるじゃねーかっ!」 ピィィイイイッ!! 「…ま、そうだな。けど確率としては限りなく低い。生徒会もそんなパターンは考えてないだろ」 快斗の投げた球が最後の一人に命中し、この試合もなんなく終わった。当然の如く、ここまでは順調に勝ち進んでいる。 (…せっかくの男女混合なのになぁ) チラリと二つ向こうの試合会場へ視線を飛ばす。快斗のクラスのもう半分が試合中なのだ。服部もそちらにいる。そしてそこでは、が今まさに豪速球をキャッチしたところだった。 (ああぁ、ンな球とるなよっ!とり損ねて痣にでもなったらどーすんだ…!!) 「…快斗。気持ちは分かるが前を向け」 「は」 新一の言葉と共にぐりんっ、と頭を強制的に回されて前を向けば、目の前に球があった。 「うぉわぁぁあっ!?」 ずばんっ!! とっさにキャッチした快斗に、周囲から歓声が上がる。…試合が始まっているなら始まっていると、そういえばいいのに! 「新一ぃッ!」 「ははっ、悪ぃな。でもとれたじゃねーか」 「…オレを誰だと思ってんだ!」 そう言いながら投げた快斗の球は、見事にクリーンヒットしたのだった。 「………………。」 「………………。」 「…普通は、盛り下がるよな?」 「あぁ、普通やったらな。こんな試合、誰も見たないやろ」 「…けど、今回は」 「普通じゃない…と」 白線を挟み、新一と平次が楽しそうに言う。周りの大歓声にかき消され、その声が当人たちまで届くことはなかったが。 (…なんでこうなるかなぁ………) 真っ正面にいる、最終対決の相手……を見ながら、快斗はため息をついた。一体全体、なぜクラス内決戦になっているのだ。 「…、どないするん?」 コソリと和葉が声をかけると、はピクリと肩を震わせて囁くように返した。 「………快斗に球を当てずに、勝つ」 その瞳には、困惑と同時に闘志がみなぎっている。…そしてそれは、 「に球を当てずに、勝つ」 ……双方同じらしく。 元々が負けず嫌いであり、運動能力もそれに伴っているからこその現在の対決なのだ。そしてそんな二人のことはもはや周知の事実故の、この盛り上がり方である。 「試合、開始ぃぃぃぃいっ!!」 審判のホイッスルが、高らかに鳴り響いた。 「!」 「まかせてっ!」 剛速球(ちなみに新一の方から飛んできた)にもひるまず全力で受け止めれば、大歓声が上がる。女子サイドでは、は文句なしに最高レベルの実力だ。 (っし、投げ…) 狙うのは足だ。ばっと敵地を見回し、身近なところへ標的を絞ろうとしてピタリと動きが止まった。…足を辿っていったその先にあった、顔は。 「〜〜〜〜っ!!」 咄嗟に身をひねり、真逆に球を投げる。それでも当てることは出来たが、球は敵地に渡ってしまった。 「…おい、……」 「あは…ごめん」 平次がジト目で言うと、は視線を明後日の方向へと飛ばした。…好きな相手に、なんで球を全力で当てなければならないのか。 「そんな甘いこと言ってる場合とちゃうでっ!!」 平次の投げた球は、2人を一気に場外へと出した。さすが最終決戦だけあり、速いテンポで続々と脱落者が出ている。ただし逃げるほうも必死なので、一度外野に出てしまうと再び内野に戻るのは至難の業だった。 「よぉ服部ィ、これ、面白いことになりそうじゃねーか?」 「なんや工藤、オマエもそう思うか?」 だんだん減っていく内野を目で追いつつ、新一が楽しそうに言う。平次も同じようににっと笑って言った。 「あんま堂々と当たるのもシャクだから、オメーがこっそり当てろよ」 「外野の和葉に頼めっちゅーねん」 「容赦なく当てられそうじゃねーか」 「ええやんか」 「…………………あ」 「服部ィ!注意一秒怪我一生っ!!」 「げ」 快斗の容赦ない一撃が、平次を仕留めた。 「……タダでやられる平次サマとちゃうでっ!」 当たった球に蹴りを入れて、のほうへと回す。意図を汲んだは、素早くそれを拾うと迷うことなく新一に向かって投げた。 「っと、やべ」 取り損ねた球がチッ、と指先をかすめ、新一もあえなく脱落者となった。 「よっし、新一仕留めたりっ!あと……は………」 ピタリ、と。 の動きが完全に止まった。 「…図ったな」 遙か後方、外野サイドでニヤリと笑っている新一に小さく毒づく。快斗もまた、球を手に硬直していた。…そう、 内野にいるのは、快斗との二人のみになっていたのだ。 (…勝ちたい。勝ちたいけど、快斗には球を当てたくない) (に球当てたりしたら、ぜってー嫌われる…!!けど、) (このままじゃ、試合が終わらない) (外野側の誰かが容赦なくに当てるくらいなら、オレがうまいこと痛くないように当てたほうが…) ((……………………)) 「おらーっ!しっかりやれよ快斗ーっ!!」 「っ、快斗に遠慮なんていらないよ!やっちゃえやっちゃえーっ!」 「男を見せるなら今だぞー!!」 「〜〜〜〜〜〜だーっ、ちくしょー!!」 このままではにっちもさっちもいかない。腹を決め、快斗はに向けて球を投げた。…が、 「ふっ!」 ばしんっ! やはり球威は落ちていたらしく、あっさり受けられてしまう。も腹を決め、球を構えた瞬間だった。 「ーっ!パンツ見えてるで♡」 「ん……」 「なぁっ!!?」 見事にコケたの球は、球威も何もなく快斗の元へへろりんと飛んでいった。…だがしかし。 「……あ。」 その球は、…硬直して全く動けなくなっていた快斗の肩へと、ぽとりと落ちたのだった。 「試合終了ーーーーーーーーっ!!!」 わぁあぁあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!!! 体操服の短パンから、どう考えてもパンツが見えるわけなどない。それでも、そんなことを言われたら咄嗟に力が抜けてしまうのは当たり前である。 「〜〜〜〜〜〜〜服部ィィィィイっ!!」 「平次ぃっ!!!」 「かるーい手助けや!そない怒ることないやろーっ!!」 …試合後にも関わらず、仁義無き全力の追いかけっこが始まったのだった。 ---------------------------------------------------------------- BACK |