健 康 診 断





「…死にたい」
手にした紙を握り締め、はぽつりとそう漏らした。その目はどう見ても本気で、蘭がひっと小さく悲鳴を上げた。
「ちょ、!あのね、こういうのってほんと大した問題じゃないって!」
「そうそう、大体見た目そんなでもないんやし、気にすること……」
「スタイルのいい人に言われても説得力ないよ!!この…この…モデル体形ーーーっ!!!」
言うなりは涙を流しつつ全力で走り去っていった。
っ!?ちょ…それ悪口になってへんでー!?」
「ちょっと、視力検査まだ終わってないでしょ、戻ってきなさーい!!」
そんなをバタバタと追いかけていく2人を遠巻きに見ながら、平次が「平和やなあ」とのんびり呟いた。いつもと変わらぬ、平和な光景だ。
「…なあ新一、女の子って…その、やっぱり気にするもんなのか?」
「帰りにファッション雑誌の1冊でも買ってけ。それで大抵わかるから」
同じく白い紙……健康診断の用紙を手にしつつ、快斗はが走り去って行った方向を黙って見つめていた。





「私もなんかやろうかなあ…」
ぼふん、とベッドの上に寝転がり、は深くため息をついた。…去年より3キロも太っていた、今日の健康診断の結果。身長がにょきにょき伸びる年でもないというのに、この結果は正直痛すぎる。
(蘭は空手、和葉は合気道。…私はボクシングでもするべき?)
思い立ったが吉日、近くにジムでもないかしらとネットで検索をしようと起き上がったときだった。
「………え?」

目の前を、白い大きな鳥がよぎっていった。

ぶ わ っ 。
そして、あろうことか、その鳥は。
…自分の部屋の窓の桟に、器用に舞い降りていた。
「こんばんは、お嬢さん。」
「……はい?」
唐突といえばあまりにも唐突な出来事に、は相当間の抜けた声を上げた。自分で自分の声に驚き、慌てて口元を手で隠してしまうほどに。
「あ、いえ、じゃなくて…ええと、どちら様…で、しょうか?」
鳥と間違えたその姿は、一言で言うなら異様だった。真っ白のスーツにマント、シルクハット。夜の闇では目に痛いくらいよく映える。青いシャツと赤いネクタイは、その白をより一層際立てていた。
(…ん?待てよ、この姿、どこかで……)
身近な人じゃない。当たり前だ、知り合いにこんな格好で闊歩するような人はいない。…それでも、頻繁に会っているような気がするのは何故だろう。
「!」
唐突に思い当たった。そう、この人物は。
「ひゃ…ひゃくとおばんっ!!」
「おやおや。せっかくの逢瀬なのに、それはないでしょう?」
軽やかに、無駄な動きは一切なく。
瞬時に距離をつめると、彼はの手にしていた携帯電話を難なく奪い取った。
「ちょ…返してよ!泥棒!」
「泥棒ですから」
「あ、そっか」
ぽん、と手を打って。…などと納得している場合ではなく。
「だー!!そうじゃないでしょっ!ていうかあなた何なんですかいきなり来て!何の用ですか!?」
(…威勢いいなあ)
今まで自分が訪れた中で、こんな風にぽんぽん言葉を返してくる女の子はいなかった。大抵は自分の姿を見ただけで頬を染め、言葉につまり、こちら側にリードを任せてくれたものだが。
(ま…だもんな)
声色はほんの少し変えている。こちらの正体がばれることはないだろう。余裕がある故の勝手な理屈で納得し、快斗は言葉に笑みを含ませ続けた。
「夜分遅くに申し訳ありません。窓の外を通りかかったら、偶然あなたのような素敵な方が垣間見えたもので。つい足を…羽根を止めてしまいました」
「……はぁ?」
「せっかくの出会いですし、ひと時の会話を楽しんではみませんか?姫君。」
「……あのねー」
こっちは体重が増えててショックで、ジムに通おうとか思っているところだったのに。姫なんて言葉、今の私に言われても照れるどころか寒いだけだ。
「せっかくのお誘いですけど、お断りします。私、これからやらなきゃいけないことあるんで。可愛いお姫様なら、他にもいっぱいいると思いますよー。ではでは」
言うなりぱっと携帯を取り上げ踵を返そうとしたを、困ったような声が追ってきた。
「…何故、そんなに別れを急ぐのですか?」
「なぜ……って………」
あなたに興味がないからです。
そういうのは簡単だが、さすがに良心が咎める。理由はわからないが、今をときめく(女の子に大人気の)怪盗キッド様が来てくれたのだ。もう少し、丁寧な断り方は出来ないものだろうか。

「…他に、好きな人がいるから。不器用な私は、あなたを傷つけてしまうかもしれない。」

そう言うと、今度こそは姿を消した。…自分の部屋に見知らぬ人物を置いて去るとは無用心極まりないが、今はそれどころではなかった。
(好きな人がいるから)
「……マジ、かよ」
体重のことでが悩んでいると知って、なんとか励ましたいと思った。帰りにファッション雑誌をまとめて買って、勉強もした。快斗の姿で言うのは照れくさいから、キッドの姿を借りて軽くを励ますつもりだった。…だったのに。
(…早く、ここを出ないと)
ぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐるぐる
頭の中がいっぱいいっぱいで考えがまとまらない。とりあえず窓から夜の街へと飛び立ち、自分の部屋へと戻ってきたまではいいがそこから動くことが出来なかった。服を着替える余裕すらなく、ただ先ほどのの言葉が耳にこびりついて離れなかった。胸に焦げ付いていた。脳内へとしみこんだままとれそうもなかった。

好 き な 人 が い る か ら 

「…っ、くそ」
健康診断では、どこも悪いところがなかったはずの五体満足の体。
それが今、胸はつぶれそうだし、四肢ももぎとれそうなほどに苦しかった。
(君が好きなだけなのに)
ただそれだけなのに、
「どうしてっ………!!」

こんなにも、苦しい?





「ああいう人って、告白とかいっぱい受けるのかなあ。好きな人、いないのかなあ……。キッドさんにも、好きな人が見つかるといいね」
だってね、好きな人がいると、自分を変えたいって思うんだよ。それってなんだか、すごいことでしょう?
(あなたのことが好き)
たったそれだけのことなのに、
「…へえ、毎日ウォーキングするだけでも違うのか!やってみよ!」

こんなにも、楽しい。




それは、同じ 恋 のはずなのに。



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