寄 り 道





「…快斗の様子が変?」
「うん。なんか…直球で言うなら、避けられてる感じ…」
しょぼんとした表情で言ったに、新一は小さく息をついた。…全く、何を考えているのだ、あの男は。
「ねえ新一、一緒にいてなんか感じない?蘭や和葉に聞くより、一緒にいる新一や平次に聞くほうが確実だと思ったんだけど…平次、剣道の大会でいないし。ごめん、こんなこと新一に聞くようなことじゃないってのはわかってるんだけど…」
恋は楽しいと思ったばかりなのに、今度は苦しくて胸が苦しい。山の気候は変わりやすいなんて言うけれど、恋心の方がもっと激しい変化をもっているんじゃないかと思う。
「…ちょっと落ち着け。オメーがそんなに思いつめるようなことじゃねーよ」
「でも……」
なおも言い募ろうとしたの頭に、ぽん、と手を乗せて新一が制した。
「バーロー。そんな泣きそうなツラ引っさげて、どうしようってんだ?」
「…うん、」
ぎゅ、と手を握り締めて涙を堪えるの姿は、あまりにも痛々しかった。ぎり、と歯を食いしばり、新一はそっとを抱き寄せ頭を撫でてやった。
(何やってんだよ、快斗……)
こんな表情させたいわけじゃねーんだろ?それに、オレにここまでさせていいのかよ…!
快斗に何かあったのは明白だ。だがそれが何かを語ろうとはしなかったし、新一もそこまで気にすることではないかと思っていたのだが。
(…もう、無理だな)
これ以上放置しておくわけにはいかない。
オレも大概お人よしだよなあなんて自嘲しつつ、新一はゆっくりと空を見上げた。…なんだか腹が立つくらい青く突き抜けた、高い空を。





「…なんだよ」
「なんだよじゃねー。オメー、それでも男か?」
「はぁ?」
河原の土手に腰掛けたまま、快斗が不審そうな声を上げる。「ちょっと寄り道しようぜ」と誘った新一がいきなり切り出したのがこれなのだから、そんな声を上げたくもなる。
のこと、好きなんだろ。だったらなんで泣かせるんだ!!」
「………っ、」
新一にその言葉を聞いて、快斗は目を見開いた。
なんでオメーにそんなこと言われなきゃならないんだ、なんでが泣いてたなんて知ってるんだ、そんなこと言われる義理はない、…言葉がぐるぐると頭の中をまわったが、口から出たのはたった一言だった。
「…泣いて、たのか?」
元気がとりえで、涙なんてあくびの時に出すくらいの、あいつが?
「テメーが泣かせたんだぞ」
新一はそういって、じっと快斗を見つめた。…プレッシャーに耐え切れず、視線を逸らして快斗は小さく呟いた。
「…あいつ、好きなやつがいるって言ってたんだ。だからオレは、あいつの幸せのためには、身を引いたほうがいいと…思ったんだ…」
(きれいごとだ)
そんなのは言い訳に過ぎない。幸せのためになんて、よくもぬけぬけと言えるものだと思う。…に好きなやつがいると知って、自分がこれ以上傷つきたくなくて、避けた。それでも想いなんて簡単に捨てられなくて。
「はっ、その様子だと自分でもわかってんだろ?そんなのはきれいごとだって。…オメーのその自分を傷つけたくない甘い考えが、を傷つけていたんだ!」
「……?何を、言って……だって、アイツはオレの前でオレ以外に好きなやつがいると言った!言ったんだ!!」
「……っ、よく思い出せよ!!」
がっ、と快斗の胸倉を掴むと、新一は耳が痛いほどの音量で叫んだ。
「それは、本当にオメーだったのか!!?」
「…………………、ちが、」
そうだ。
あの時自分は、怪盗キッドだった。
つまりは、キッドの前で「好きな人がいる」と、告げたのだ。
…そんな単純なことすら失念するほど、自分は動揺していたというのだろうか。ショックを受けたというのだろうか。…そうして、その結果、を傷つけた…?
「まだわかんねーのかよ!!は、」
ぎり、と奥歯をかみ締める音が聞こえてきそうな形相で、新一は言葉を続けかけて切った。
「……新一、」
放心したような表情で、快斗が新一を見やる。力なく胸倉を離し、新一はがしがしと頭をかいた。
「オレがそこまで言ってやる義理もねーよな。…悪ぃ、熱くなりすぎた。ただ、我慢できなかったんだ。本当は拳の一発も食らわせたいところだ」
知ってたら服部も同じことしたかもな、と小さく続けると、新一はそのまま鞄を拾い上げて去っていった。快斗はしばらくそのまま立ち尽くしていたが、やがて足の力が抜けたようにその場にしゃがみこんだ。
「…オレが、を泣かせた?」

(まだわかんねーのかよ!!は、)

「……だって、」
そんなこと、ありえないと思っていた。
想うのに必死で、自分が想われるなんて考えたこともなかった。いや、極力の想いには、考えには、触れないようにしていたのだ。…自分が拒まれていたら、受け入れてもらえなかったら。それを恐れ、自分のことしか見ていなかった。だがその結果が、今だ。自分のことしか見ず、のことを考えているつもりで自分のことしか考えていなかった。
(…オレは、何か、大事なものを)
ないがしろにしてしまっているんじゃないのか?
そして新一は、それを自分に教えてくれようとした。いや、教えてくれた。
「……っ、!!」
すっかり日が暮れ、時刻はとっくに夜を示していたが。
…そんなことには構わず、快斗はまっすぐ走り出した。迷いなく、一直線に、

大好きな人のもとへ。



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