日 直





何が変わったかと言うと、取り立てて特にどうこう言うような変化は無い。
じゃあ何も変わってないかと言うと、そうでもない。
ー、アンタ今日、日直でしょー!」
「あ、やば、忘れてた!」
「日誌書いてないでしょ?それと今日は実験室使ったから、カギの返還」
「めんどくさー!」
ぶつぶつ言いながら、真っ白の黒板消しをクリーナーにかける。
何度かそれを繰り返して、ようやく黒板消し本来の色を取り戻したところで、日誌にとりかかろうと振り返る。
そうして目が合った瞬間に、

「待っててやるよ」

…そう、微笑みながら言えるようになった。
必死になって理由を考えたり、なんとか気を引こうとしたり。
そうやってぐるぐるぐるぐる考える必要が無く、その一言が、簡単に言える。
「……うん。」
そうして、君が笑ってくれる。
たったそれだけのことの、なんと幸せなことだろう。





「さて、と。あとは準備室に寄って、鍵を受け取って…」
日誌を書き終え、快斗に「すぐ戻るね」と言って教室を出て。階段を下り、は化学実験室を目指した。
「あ」
「あ」
そうして廊下を曲がったところで、久しぶりに顔を合わせた。…青子と。
ちゃん、久しぶり!」
「そっちこそ!やっぱりクラス違うとなかなか会えないもんだね。後期は移動教室も多かったし」
「そうそう。階段の上り下り、疲れるのにねー」
喋りながら、は変わらず実験室を目指す。青子は逆に向かっていたはずだが、とともに歩いているということは…単に成り行きか、それとも何か話でもあるのか。
「そうそう、あのね」
切り出してきた青子に、がきょとんとして足を止める。どうやら、話があったらしい。
「聞いたよ?ついに快斗と付き合い始めたって」
「なっ」
ぼんっ、と一気に耳まで赤くなったに青子が吹き出す。
「そんな驚くことでもないでしょー?青子を誰だと思ってるの?青子様だよ?」
「ちょ、意味わかんないし、それっ…ていうか、付き合って……え、付き合ってるの、かな?」
疑問符を浮かべたに、今度は青子が慌てる。
「ちょ、ちゃん何言ってるの!?付き合ってるんでしょ!快斗も好きっていって、ちゃんも好きって言ったんでしょ?」
(ちょっとちょっと快斗、話が違うじゃない!!)
家が近所なのも相まってというか要は聞いてほしかったのだろうが、青子は快斗の口から直接聞かされたのだ。「付き合うことになった」と。影で色々と手を焼いていた青子は幼馴染の快挙に大喜びしたのだが、もしもそれがぬか喜びだとしたらいくらなんでも救いようが無い。可哀相を通り越してただのバカだ。バ快斗だ。
「えー…と、まあ確かに。でもそーいえば『付き合おう』とかはなかったよ?」
「…………快斗…」
お互いに自分の気持ちを、互いを想う気持ちを…「好きだ」と伝えたのだ。快斗は当然それでもう自分たちは付き合うことになったと認識しているようだが、はその認識にいたっていない。ただ想いが伝わり、伝えられたから、もう恐れたり突飛な行動に出たりしないだけなのだ。…壁一枚を隔て、見事にすれ違っている。しかしてその壁は、インド象が蹴り倒しても崩れないほどの分厚さだった。
「あー…うん、わかった。そっかそっか。ま、今はとりあえずおいといて。ちゃん、3階に何しに来たの?」
「ああ、カギを。職員室に、カギ返しに行こうと思って」
「日直?」
「うん」
片手に持った日誌を見せる。実験室はすぐそこだ。
「じゃあ、またね。青子、恵子待たせてるんだ」
「そっか、引き止めてごめんね。気をつけて」
「ありがとー、じゃあね!」
青子を見送り、カギを受け取ろうとノックしかけてふと思い出す。…そういえば、自分も快斗を待たせているのだった。
(付き合う…付き合う、って……そうなのかなあ、これって付き合ってるのかな…)
わからないことは、大抵新一や平次に聞けばわかったが…さすがにこればかりはそうそう聞けるものではない。蘭や和葉の顔もよぎったが、絶対に呆れられるのは目に見えている。
「『友達になろう』って言って友達になるわけじゃないもんねえ…」
そう自分を納得させようとしつつ、どうにもは心のもやが晴れないのを感じていた。
自分は、快斗の彼女になれてはいない。
その考えに行き着くと、は危うく日誌を取り落としそうになった。…大変だ。
「…待ってて、快斗っ!」
そう小さく呟くと、は職員室に続く階段を一段抜かしで一気に駆け下りていった。





「……あ。」
夕日が差し込む教室。数日前に見た、月光の差し込む教室もなかなか魅力的だったけれど…何故だろう。夕日が差し込む様子は、なんだかとっても懐かしく感じる。懐かしい、というより、切ない、というほうが正しいのだろうか。
そんな教室の隅っこ、陽射しの当たる5時間目の特等席……そこに、快斗が突っ伏して寝ていた。青子との立ち話は結構長かったし、職員室でも先生に捕まってなかなか解放してもらえなかった。日誌とカギを返しに行くだけだったのに、30分以上の時が経っている。
(……どうしよ)
帰ってきたら、告白しようと思ってたのに。
好きだよ、快斗。だから、私と付き合ってください。
何度も何度も頭の中で考えて、さあ言おうと思っていたのに。
(…でも、起こさなくちゃいけないんだよね、結局は)
このまま寝かせておいてあげたい気もするが、それだと再び月光の差し込む教室になってしまいかねない。肌寒い季節になってきていることだし、風邪を引いてしまうかもしれない。
「……快斗、お待たせ。帰ろう?」
「ん……」
つんつん、とつつくと、気だるそうに返事が返ってくる。返っては来るが、起きる気配は無い。
(うーん…)
せっかくだから、実物を使って練習してみようかな。
「快斗、あのね、」
そっと耳元に唇を寄せ、囁く。
「好きだよ。」
大好き。あなたのことが、こんなにも。
だから、
「あのね、快斗、私と」
付き合ってください。
続けようとした瞬間、ぐいと強い力で頭を引き寄せられ、は言葉を続けられなくなった。いや、体のバランスが崩れたせいもあるが、単に、
「……ゴチソーサマ。」
「〜〜〜ばかっ!!!!いきなり何するのっ!?」
唇を塞がれてしまったから、でもある。
ペロリと舌を出して言った快斗に、は真っ赤になって抗議した。なんだろう、あの晩からの快斗は、今までの快斗とは違う気がする。留め金が外れたというか…妙に、積極的だ。今日みたいなことを平気でするもんだから、としても油断が出来ない。(仮にずっと警戒していたとしても、きっと上手を取られるのだろう。)
「さて、帰るか?」
「あ、うん!」
そうしては、自分が何をしようとしていたかをすっかり忘れて鞄を手に快斗の後を追って教室を飛び出したのだった。

「…くっついたらくっついたでおもろないなあ」
「はいはい。デバガメ隊は退散しましょうね」
そう言って蘭が和葉の背を押すと、新一と平次がにやりと笑って言った。
「いやいや、オメーら読みが甘いぜ」
「まァ、あとはあの二人の問題やけど…なぁ?」
「…?それって、どういう……」
蘭が皆まで言う前に、「ほなオレ部活あるから〜」「オレ警部に呼ばれてんだ」とそれぞれに逃げてしまった。
「…なんやろ?」
「さあ……。」





「ん?青子?」
その日の夜。
携帯のメール受信を知らせる着信音に、差出人を見れば幼馴染の名があった。少なからずとのあれこれにも協力してもらっていたから、うまくいったことを真っ先に伝えた相手でもある。
一体なんだろうと本文を開き、快斗は、
「……………は?」
その場で、携帯を持ったまま固まった。
「な……え……ちょ、マジで…?嘘だろおぉぉおおおおっ!!?」


件名:エマージェンシー!

本文:快斗っ、はあんたと付き合ってる自覚無いわよ!!ちゃんと「付き合おう」って言わなきゃには伝わらないからねっ、ふぁいと!(>□<)ノ




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