ク リ ス マ ス





人々の足が浮き立ち、街はキラキラと輝いている。賑やかな音楽に、方々から聞こえる楽しそうな笑い声。
(…さて、と。)
その彩りから外れた輪の外で、快斗はゆっくりと空を見上げた。…空に輝くは、満天の星。月はなく、本来ならば照らされるはずの路地裏も暗い。
真っ白な息を吐き出し、赤くなった鼻をこする。…そろそろ、刻限だろうか。

(24日の23時、窓を開けて待ってろ)
(…なんで?)
(煙突がないんだ。サンタは窓から入るしかないだろ)
(? わかった)

本来、月のない晩には不要なはずの衣装。真っ白なそれに身を包み、ばさりとマントを翻す。
「……行くか。」
小さく呟かれた言葉は、賑やかな街にのまれて溶け消えた。





「…サンタ、ね。」
そっと窓を開けると、冷たい空気が頬を撫でた。軽く身震いしてから、ベッドの上のカーディガンに手を伸ばす。袖を通しながらベランダへ出てみると、冬の夜のしんとした空気を肌で感じた。
「快斗……」
本当に、来るのだろうか。来てくれるのだろうか。
カーディガンの前の合わせをぎゅっと握る。…結局自分はまだ、快斗に言えていない。「お付き合いしてください」と。そのままズルズルと時が流れ、クリスマスを迎えてしまった。世の中にあふれている彩りの一部になりたかったのに、今日自分は家から一歩も出ていない。外の空気に触れたのも今が初めてだ。

「…バーロー。誰が外で待ってろっつった?」

唐突に、頭の上から声が降ってきた。それは、いつも聞き慣れている、
「快っ…!」
そう、呼びかけるより早く。
すたっ、と軽い音を立てて、目の前に白い影が降ってきた。…それは、いつか見た。
「…怪盗、キッド?」
「ご明察。風邪を引きますよ、お嬢さん」
広くもないベランダだ。二人並ぶと、それだけでいっぱいになってしまう。
しかし、窓がある方へじりじりと移動しようとしたを快斗は逃さなかった。だんっ、と進行方向を塞ぐように壁に手をつく。それにびくりと震え、は抗議するように目の前の人物を見つめた。
「なにをっ……!」
…そして、息をのむ。
自分を見つめる、この真摯な瞳を。…知って、いる。
「…………っ、」
ゆっくりと。
シルクハットに、手をかける。
その下から出てきたのは、見慣れたボサボサ頭で。
反対の手で、片眼鏡をそっと外せば。
「かい……と…」
優しい蒼い瞳に、自分が映っているのが見えた。
「…悪ぃ、遅くなった。ほんとはもっと、早くに言うつもりだったんだ…」
自分が、怪盗キッドであるということ。
そして、もう一つ。

「オレと、付き合ってくれ。」

の瞳が、大きく見開かれる。
その瞳に吸い寄せられるように顔を近づけると、快斗はそっとにキスをした。
「んっ…」
「…冷たい、な。」
そう言って、ふぁさりとマントの中にを包み込む。
「快…斗…」
「もっとくっつけって。寒いだろ?」
ぎゅ、と肩を握って抱き寄せる。は抵抗することもなく、そのまま壁に沿ってずるずるとゆっくり座り込んだ。
(そっか…)
思い出した。
図書館で、快斗が読んでいた本に載っていた宝石。
あれは、怪盗キッドが盗ったものだった。
そして、快斗の態度がおかしくなる前。
あのとき自分は、キッドに向かって「好きな人がいる」と言ってしまったのだ。つまりは、「好きな人」本人である快斗に向かって。
(なんだ…そっか…)
わかってしまえば、本当になんてことのないすれ違いだったのに。
「ねえ、快斗……」
「ん?」
「快斗は……」
快斗は、どうして怪盗キッドをやってるの?
…そう聞こうとして、やめた。それは、自分から聞くようなものではないと。快斗から話してくれるのを待つべきなのだと。とっさに、そう思ったのだ。
「……ん、なんでもない。」
ことん、と快斗の肩に頭を預ける。そうして目を閉じると、なんだか本当に安心した。
「……?」
「へへ…今までで一番嬉しいプレゼントだ。快斗、ありがとう。私と、付き合ってくれてありがとう…」
「バーロー。それはこっちのセリフだっての」
そう言って、気恥ずかしさを誤魔化すように空へ視線をやる。
月はなく、あるのは星ばかり。
(…星明かりなんかじゃ、到底敵わねーな)
そう、星に見せつけてやればいい。
今夜一番輝いているのは、街の明かりでもイルミネーションでもなく、自分たちだと。
「…メリークリスマス、。」
頬にあたった髪の毛が、やわらかくてくすぐったい。そのままキスして、そっと囁く。

「愛してる。」

世界で一番、大切な君へ。





「…来ねーな、快斗」
「ええやんか。うまくいったっちゅーことやろ」
広大な工藤邸が、蘭たちの手で飾り付けられている。には今日のパーティーのことは伝えていない。ただ快斗にだけは伝えていたのだ。「うまくいかなかったら来い」と。
「あーあ、オレらはいつまでこんなパーチーやらなあかんねん」
「僻みはみっともねーぞ、服部」
そう言って、窓辺へ歩いていくとそっと窓を開ける。冷たい空気がさっと流れ込んできて、服部は顔をしかめた。
「おい、くど…」
「やれやれ。どこかの光にあてられて、星が拗ねたかな」
「は?何言うて…」
「わあ!見て見て!」
服部の声が、きゃあきゃあとはしゃいだ声でかき消される。新一は窓を全開にすると、微笑を浮かべて言った。
「…あいつらしいじゃねーか」

ちらちらと粉雪が舞い、街を静かに白へと染めていった。
…それは、大自然のマジック。




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