「で、はどーするん?」 「は?」 口に卵焼きを運んだ体勢のまま、きょとんとして答える。 「とぼけても無駄やで。バレンタインデーや、バレンタインッ!」 「げふごふがふっ!!!」 「、ほら水!」 「あ……ありがとう、蘭…」 喉に詰まった卵焼きを流し込み、がジト目で和葉を睨む。 「何を言うかと思ったら、藪から棒にっ…!」 「べっつにぃー?せやけど、世間的にはバレンタイン言うたら『女の子が告白する日』やろ?もうその必要がないはどーするんかなァ思て」 「どうもこうも…」 実はまだ何も考えていない、なんて言ったらどうするんだろう。 呆れられるか何かの技をかけられるか考え、軽く身震いした。適当でもいいから、何かもっとマシなことを答えておいた方がいい。 「快斗のことだから、チョコはいっぱいもらうだろうし。何かもっと別のものあげようかな、って思ってるけど」 「あ」 「でもねー、あの快斗だし?ぶっちゃけバレンタインとか存在も知らないんじゃないかとか…」 「そんくらい知ってるっつーの。」 「あたっ」 べしん、と平たい教科書で頭をはたかれ、が抗議の声を上げる。 「ちょっ…!」 「そういう相談ならもっと人目に付かないところでやれよ。丸聞こえじゃねーか」 後ろに立っていたのは快斗本人であり、また快斗の指摘ももっともなものだった。昼休みの教室でやる相談としては、あまり適していなかったかもしれない。 「ま、聞こえたんなら別にいーや。ねえ快斗、何が欲しい?」 「…オメー、親に向かって『サンタさんにPS欲しいって言っといてよ』とかいう並に可愛げのないやつだな…」 「えー?そう?」 「…まーいいや。が持ってくるもんならなんでもいーよ。それと、」 「へ?」 くしゃり、と頭を一撫でしてから言う。 「今年はオレ、以外のヤツから何かもらうつもりはないから。……じゃーな」 そうして立ち去った快斗の後姿を唖然としてみていると、和葉がひょいと身を乗り出していった。 「…言うねえ、キザ男」 「あのね、別にそんなんじゃ…って!それ私のからあげっ!」 「ええやん、あてられ賃や」 「なにそれーっ!!」 ぎゃいぎゃいとからあげ争奪戦を始めた二人を見て、蘭は苦笑した。…は一体、どうするつもりなんだろう? 「あのね、最終手段としては自分にリボンを巻いて『私をプレゼント』でもいいと思うの」 「…なんでそんな切羽詰るまで言わなかったの」 あちこちに絆創膏とチョコレートをつけた状態のが蘭を訪ねて来て言った、第一声がそれだった。 「つまり、手作りチョコレートを作ってあげたかったんだけどうまくいかない、と?」 「うん…」 よく考えれば、鮭を水に濡らしたまま油に放り込んだり、マドレーヌを作るのに塩を入れたといった前科をもつだ。そう簡単に料理がうまくなるとは思えない。 「…まさかとは思うけど、チョコを溶かすのに、お湯に直接放り込んだり…」 「え?違うの?」 「……………一緒に作ろう。材料は持ってきたのよね?」 「うん!」 とんとんとん、と階段を昇り、キッチンへと入る。テーブルの上に材料を並べると、さて、と蘭がエプロンをして言った。 「どんなの作るの?」 「んっとね…形は、特に決めてないんだけど。文字、入れたいなって」 「文字?」 「うん……クリームとかでさ、できないかな」 不安そうに蘭を見て言ったに、にこりと笑って頷く。 「大丈夫、できるよ。じゃ、作ろうか」 (う〜…こんな時期に個展なんかやるんじゃねーよ成金……) そう文句を言って見ても仕方ないのだが、言わずにはいられない。雪が降っていないのがまだせめてもの救いだが、屋根の上でタイミングを見計らっている身としては寒くて仕方がない。 (つーか今日、バレンタインじゃねーか。あ、昨日やたら賑やかだったのはそのせいか…) 今日が日曜日だから、代わりに昨日をバレンタインとしていたのだろう。快斗も去年までは結構な量をもらっていたりしたのだが、今年はもらわないと公言したし、ばらまかれるチョコを自分からもらいに行くようなこともなかったのですっかり抜け落ちていた。 (…、くれるかな。) 不意に、そんなことを思う。…くれるはずだとは、思う。思うが、それでもどこか不安になってしまう自分は、なんだか女々しくて情けない。 (くっそー…のことになるとそうだ。情けねーけど、やっぱり…) 自分にとって、はそれだけ大きな存在で。…大切、なんだ。 「…っし、行くか!」 裏門から出てきた黒服の男たちの姿を見て、ハンググライダーを開く。…この仕事が終わったら、君の元へ行こう。甘いにおいとともに、待っていてくれることを願いつつ。 「…って日に限って!!なんでこーなるかな!!」 「待てい怪盗キッド!!今回こそ逃がさんぞっ!!!」 「次回にしてくれよ〜!」 巧妙に仕掛けられたトラップも、快斗にかかればどれも簡単に解除できるものばかりだった。それにも関わらずこんな事態になったのは、ひとえに中森の執念である。 (くそ…マズいぞこれは) 一旦降り立ってしまった以上、もう一度高さのあるところへのぼらなければハンググライダーは使えない。通りに人の姿は少なく、紛れ込むこともできそうにない。仕方なく裏道と思しき道に飛び込み、そこで警官に変装しようとした時だった。 「見っけ!」 「ぐえっ」 唐突にマントを引っ張られ、小さな喫茶店の中へ引きずり込まれる。そのまま何がなんだかわからないままに、テーブルの下へ放り込まれた。 「へ? へっ??」 「失礼する!!!」 ばんっと扉が開き、荒々しい声が響く。 「ここに怪しい者が来なかったか?」 「さて。なんのことやら…先ほどからそのお嬢さん一人しかいらっしゃいませんが」 「…本当に?」 「嘘を言って何かメリットがありますか?」 「…そうか。悪かったな、では失礼する」 そう言って、そのまま出て行く。…気配が完全に消えたのを見計らってから、快斗はゆっくりとテーブルの下から這い出した。 「快斗!良かった、会えて!!」 出るなりがばっとに抱きつかれ、快斗は混乱した。一体、何がどうなっているんだ? 「…うちの息子がね。逃走経路としてこの裏路地を使うだろうと推測したから、彼女はここで君を待っていたというわけだ。ああ、この店は私の知り合いのものだが、今は私と彼女しかいない。心配は要らないよ」 「はあ…」 にこりと微笑まれて言われ、うっかり素で返してしまう。…只者ではない、ということはわかるが、一体彼は何者なのだろう。 (…ん?息子、ってことは……) 「さて、あとはお若いお二人で、ってところかな?」 「そんなんじゃないですよー!」 そんな快斗の思考を読んだかのように、その場を退散しようとカウンターの奥から出てくる。 「またね、快斗くん?」 「な……」 名を呼ばれ、飛び上がりそうになる。しかしは慌てる様子もなく、ひらひらと手を振って笑顔で送り出していた。 「なんなんだ!あの男は!!」 「まあいいじゃん!今はとりあえず、さておいて。…あのね、はい!」 「……へ?」 の両手には、小ぶりの皿が乗っていた。…上に、キッチンペーパーが乗っているだけである。 「ごめん、ラッピングまでする時間なかった。…けど!その分、愛はみっちり詰まってるから!」 「…みっちり、って」 他に言いようはないのかとツッコミを入れたかったが、にやける口元を隠したせいで後が続かなかった。 「…快斗?」 不安げに覗かれ、かぁと染まった頬を見られまいと慌てて手を振って誤魔化す。 「いや!うん……その。さんきゅ。……嬉しい、よ」 もっと、言いようはいくらでもあるはずなのに。キザな台詞回しならいくらでもストックはあるはずなのに。…オメーの前だと、ただの情けねー野郎になっちまうんだ。ただ一言を伝えるのにも、こんなにいっぱいいっぱいになっちまうほどに。 「…良かった!」 快斗に喜んでもらいたくてね、蘭に手伝ってもらって頑張ったんだよと。 えへへと照れたように言って、はそっと快斗の額にキスをした。 あのね、私、快斗のことが大好き。大好きだよ。だから、少しでも思いを伝えたくて、頑張ったんだよ。 あのな、オレ、のことが大好きだ。大好きだから、…本当に、嬉しいんだよ。 ぱさりと落ちたペーパーの下から覗いた、チョコレートに描かれた文字。 それは……… ---------------------------------------------------------------- BACK Thanks a lot for your reading !! |