屋上





「よーし!今日はここでお昼ごはんにしよ!」
「せやけど…ここ、入ってええの?」





「私も出たことないよ?鍵かかってるみたいだし…、鍵の場所知ってるの?」
和葉と同じく、不安そうに言う蘭には軽くウィンクして言った。
「ココね、鍵甘くなってるの」
『…え?』
鍵穴にヘアピンを差し込んでがちゃがちゃやり始めたを見て、二人は思わず頬を引き攣らせた。
…かちゃんっ
「開いた!さ、行こ!」
「…まぁ」
「いいか…」
ゆっくりと顔を見合わせ、苦笑する。…そして三人は、屋上へと出た。



「ん〜っ!やっぱ晴れた日のこの場所は格別だー!」
「本当、気持ちいい…って、その口調だと、ここに来るの二度目や三度目じゃないみたいね…まさか時々いないのは…」
「えー、ほんまに?」
「わ、わ、秘密秘密!お願い、内緒にして!」
このとーりっ!と手を合わせたに、二人は吹き出した。
「言わない言わない!ここ、のお気に入りなんでしょ?」
「そこまで野暮なことせえへんって!」
「もう…驚かさないでよー!」
わいわい騒ぎながら屋上の入り口付近――ちょうど影が出来ている――の一角を陣取り、弁当の包みを開く。
のんびりと箸を口に運び、他愛もない話をして、「あぁ平和だなぁ」などと考えていた矢先だった。
「黒羽くんて、のこと大好きだよねー」
ぶばっ!!
「わぁ、汚いわ!何しとるん!?」
飲んでいたお茶を盛大に吹き出し、すぐ隣に座っていた和葉が悲鳴を上げた。
「ごっ、ごめ…てか蘭!あんたが急にそーいうこと言うから…!」
「え、だってそうでしょ?」
「ウチもそう思っとったわ」
「なんでそーなる!?てか有り得ないって!」
弁当箱を引っくり返しそうな勢いで言ったに、蘭は慌てて手を振って言う。
「落ち着いてってば!単に、気になったから言ってみただけ」
「…てか、どこをどうすれば快斗が私を好きだって話になるの?快斗って結構、皆から人気あるし…」
他に可愛いこなんていくらでもいるよ?と、不思議そうに言うに、蘭と和葉は顔を見合わせた。
「だって…」
「ねぇ」
「なんなのよー!」
ひそひそ話し出す二人を見て、は頬を膨らませた。
「なぁ…、気付いてないんちゃう?」
「うそー!黒羽くんあんなにわかりやすいのに?」
「黒羽くん自身、自覚ないみたいやし」
「え…ホント?」
「平次が言ってたんよ。『アイツ、無意識にやってるで』って」
「…へー。それにも、あんなにわかりやすいのに全く気付いてないなんて…」
「つまり…」
「お互い、相当ニブいってこと?」
「なーにをさっきからコソコソとーっ!!」
『きゃあ!』
がばっ、と身を乗り出してきたに、悲鳴を上げて飛び退る。
「ちょ、勘弁してーな!」
「驚かさないでよ!」
口々に文句を言う二人に、は腕組みして言い放った。
「お二人がこそこそやってる内に、予鈴が鳴りましたわよ!」
「えー!?」
「ちょ、次って体育だよ!?着替えなきゃ!」
慌てて弁当を片付け始めた二人を尻目に、はひらひらと手を振って歩き出した。
「おっさきー。あのマッチョ、遅刻すると怖いよねー」
「裏切り者ォ!」
「待ってよ〜!」
後ろから追ってくる気配を感じて、は内心舌を出した。
…置いていくわけないのに。
「今日はなんだっけ?」
「バレーだったような…」
「ほな、ネット張らなあかんやん!」
ばたばたと三人が去り、屋上は唐突に静かになった。



…それを待っていたかのように、入り口の上の部分で寝ていた人物が身を起こす。
さきほど、たちが弁当を広げていた場所の真上だ。
「…やべー。」
広げたっきり、箸をつけていない弁当を前にして。その人物…快斗は、小さく呟いた。
今日は新一も平次も『事件』とやらでおらず、たまには気分転換に屋上で…と、たちより一歩早く来ていたのだ。開けた鍵もきちんと閉めていたのに、まさか解錠して誰かが来るとは思わなかった。それがたちだったものだから、興味半分で会話を聞いてしまい…今に至る。
本当に自覚していなかったのかもしれないし、もしかしたら自覚することを避けていたのかもしれない。どちらにせよ、他者の言葉によってそれを自覚させられたのは情けない。



脳裏に蘇るのは、四月の始めの出来事。



…桜の花びらが舞っていたあの場所で、

初めて名前を聞いた、その殺那。

あの時既に、自分は…。




「あー…もう行かねーと遅刻するってのに…」
唐突に胸を支配してしまった、痺れるように甘い熱情。
…どうすれば、いい?



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