体育倉庫





「黒羽、お前遅刻して来た罰な。このネット片付けてこい」
「…オレ一人で?」
「お前一人で、だ」
クラスの連中は、頑張れだの馬鹿な奴だだの、いい加減な応援を言いたいだけ言って去っていく。快斗は昼休みのことが頭を離れず、バレーにも集中できずにミスを連発していた。心配する声もあったが、平気だよと笑顔で返し、先に帰す。
…そうこうしている内にあっという間に一人になり、快斗は溜め息と共に重いネットを担ぎ上げた。





「うっわ…おい、電気くらいつけろってーの…」
ガラリ、と扉を開ければ、カビ臭いにおいがツンと鼻をつく。電球の一つも用意していないくせにドアだけはやたらハイテクで、強く閉めれば自動的に鍵がかかるという、厄介この上ない仕組みになっている。
何度か生徒が閉じ込められたこともあったが、学校側は変えるつもりはないらしい。たかが体育倉庫になんでここまでするのか謎だが、一説では校長のカツラコレクションがこの中のどこかにあるとか。
…あながち嘘ではないのかもしれない。
(バレーのネットってどこだ…?)
預かってきた鍵を入り口近くの跳び箱の上に乗せ、がっちゃがっちゃと色々踏みつけながら歩く。大分奥…入り口の明かりがかろうじて差し込むくらいまで来てから、ようやくネットの束を見付けた。
(ったく…さっさと帰るか…)
どさり、とその上にネットを重ね、踵を返そうとしたときだった。
「じゃ、あとでねー!」
びくんっ。
…体の芯が、震える。
今の声は、間違いなく…
「もー、ここ開けっ放しにしといたの誰だろ?入ったり出たりしたら、ちゃんと閉めなきゃ…」
(…え?)
ぞくり、と背筋を嫌な予感が駆けた。続いて、ドアがレールを滑る音…
「おいっ…そのドア、閉めんな!!」
「うわぁっ!?」

がしゃんっ。

…快斗が飛び出したのと、が快斗の声に驚いてドアをおもいっきり閉めてしまったのは…
ほぼ、同時だった。





「…か、快斗…なんでこんなトコに…」
「いや…それはオレの台詞で」
電球のない体育倉庫では、よっぽどの至近距離にいなければ互いの表情までは読めない。なんとなく気まずい沈黙が流れたあとで、二人は同時に口を開いた。
「「遅刻した罰で」」
「え…」
「へ…?」
互いに間の抜けた声を上げ、やがてが吹き出した。
「…男子もバレー?女子もバレーでね。ネット片付けろって言われて…そこまで蘭たちと一緒だったんだけど。なーんだ、快斗もか」
そこで言葉を切ると、は不思議そうに快斗に聞いた。
「なんで遅刻したの?」
(やべっ……)
屋上にいたことが知られれば、会話を聞いてしまったことも知られる。
「ト…トイレだよ。腹壊してさ」
「へー…」
大して興味も無さそうにそう返すと、が困ったように続けた。
「ところで快斗、このドア開かないんだけど…」
その台詞に、快斗は呆気に取られた。
「…お前、知らなかったのか?」
「何を?」
そりゃそうだ、知っていたらドアを閉めようとするはずがない。
「このドアはな……」
快斗の説明を聞くと、今度はが呆気に取られた。
「…何ソレ。つまり、閉じ込められたってこと?校長のカツラのために?」
「ま、そーなるかな」
「うっわー…」
(もう授業始まってるし…今ガンガン叩いても、誰も気付いてくれないだろうなあ…)
ちらり、と快斗の方を見やる。
気にすることはない、と思いつつも、やはり昼休みの…蘭と和葉の発言が、胸にひっかかる。
「…なに人の顔じろじろ見てんだよ」
「え!?あ、いや…ていうか、快斗そんなにはっきり見えるの?」
「…目はいいからな」
そこまで言ってから、快斗はマットの山を飛び越えての近くにやってきた。
ガタガタタッ!!
「…なんで逃げんだよ」
「や、なんとなく」
(…なんとなくってなんだよ…)
こんな狭い空間にと二人押し込められて、鼓動は早まったまま納まる兆しを見せない。
快斗は仕方なく、その場に腰を下ろした。このまま立っていたら、発作でも起こしてその内倒れるかもしれない。
「…おい、
「…え?」
「どうせ出られないんだからよ。次の体育の生徒が来るまでおとなしく待ってよーぜ」
「…うん…」
鍵は一つではない。このまま何日も出られない、なんてことは絶対にないのだ。
「焦っても仕方ない、よね…」
が快斗のところまで行こうと、一歩踏み出したときだった。

ぐんっ!

「…え?」
足が、マットの端にとられた。とっさに脇にあった何かを掴むが、あろうことかそれまで一緒に倒れてくる。
「きゃ…」
「…っ、あぶねぇ!!」

ガシャンッ!!

ポーンポーンポーン…

が掴んだのは、バスケットボールが並んだボール立てだった。下敷きになる衝撃に備えていたのだが、いつまでたっても痛みが襲わない。おそるおそる目を開けば、目の前にある快斗の顔。
「……え?」
「…ケガ、ねーか?」
頭上から聞こえたその声に、は唐突に理解した。
「っ、快斗!?ちょっ、まさか私をかばって…」
「気にすんなって。それより、動くなよ…」
(くそっ…重くて体が動かねー…コレ、さらに上に何か乗ってやがるな…)
ボール立てが倒れた弾みに、何か他のものも一緒に倒れたらしい。腕の力を一瞬でも抜いたら、押し潰されてしまいそうだ。そうなれば、自分が上にかぶさってかばっているも一緒に潰れてしまう。
(どうする…どうする…!?)

カチャ、カチャカチャンッ。

「…へ?」
(今の、鍵が開いた音だよな…?)
「よっ…と。おーい、誰かいんのかー?」
聞こえた声は、聞き慣れたものだった。
「え?今の声って…」
「工藤っ!オレだよオレ、黒羽!こっち来てくれ!」
「…黒羽?」
ひょっ、と覗いた顔は、まぎれもなく工藤新一、その人だった。
「ここだ!助け――…」
「お邪魔しました」
ぺこ、と頭を下げて引っ込んだ新一に、快斗は目を丸くした。
「おいおいおい!?」
焦った快斗の声に、新一が笑いながら再び顔を覗かせた。
「…冗談だって。けどお前ら、その体勢は…」
「「…え?」」
明るくなってよく見てみれば、確かに快斗がを押し倒しているようにも見えた。
「〜〜〜っ!?」
一気に真っ赤になったが、快斗の下から抜けようとばたばた暴れだす。
「おわっ!?う、動くなって!工藤!!てめー殴られてーのか!?オイ!」
「わかったわかった、悪かったよ」
ようやく手を貸した新一のおかげで、二人は何とか事なきを得た。





「…ったく…一体なにが倒れてやがったんだ?」
ほっと息をついて、快斗は新一が立て直したものを見やった。なにか大きなタンスのようで…
「…おいおいおい」
「噂はほんとだったってとこか?」
快斗の後ろから覗き込んだ新一が、吹き出して言った。
「…ねえ、なになに?」
ようやく顔のほてりが引いたが、新一の袖をくいくいと引いて聞く。
「…コレだよ」
新一の右手には、髪の毛が…カツラが、掲げられていた。
「…っぷ、あはははは!!」
「オレはこんなのに潰されかけたのか…?」
げんなりしている快斗を横目に、新一は散々な状態の体育倉庫を片付け始める。
「全く…うちの校長にも困ったもんだな」
「ところで新一、今日は休みじゃなかった?」
ボールを並べ直しながら、が不思議そうに聞く。
「ああ、予想より早く事件が片付いてさ。通りかかったらすげー音がしたから、
何かと思って鍵借りてきたんだ」
「〜〜〜ううっ、新一大好き!愛してる!」
感極まって抱きついたに、新一は苦笑した。
「いいっていいって………げ」
今ならその目で鳥でも撃ち落とせるかもしれない。そんな目をした快斗に見つめられ、新一は全身が粟立った。
「…背中すりむいたみてーだから、保健室行ってくる」
のっそりと背を向けた快斗を見て、新一は慌ててを引きはがした。
「おい、黒羽と一緒に保健室行ってやってくんねーか?」
(せっかくいいトコ見せたのに、オレにおいしいとこ取りされてキレてるなー…)
これでがここにとどまってしまったら、友情復帰は不可能かもしれない。
「あ、うん!そうだよね、私のせいだもんね…」
廊下を曲がって消えた快斗の後を追って、は慌てて走っていった。
「ま、これで機嫌は直るだろ…」
そして、壮絶なまま残された体育倉庫を見渡す。
「…あれ?もしかして、これってオレが全部片付けるの…?」




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