音楽室





「ちょっ…!なにやってっ、なんなのっ!?」

バンッ!!

「あ…あの、…?」
それに答えることなく、は無言のまま手を引いて蘭を椅子に座らせた。の突飛な行動には慣れていたつもりだが、どうやらまだまだだったらしい。
「あのね!蘭!!」
「はっ、はいっ!?」
放課後、防音壁で囲まれた音楽室には他に人はいない。力いっぱい叫んだに、蘭は頬を引きつらせた。
「私!」
「な、なに?」
がしっ、と肩をつかみ、はそのまま一気に叫んだ。
「私、快斗のことが好きかもしんないっ!?」

…しーん。

「ええと…なぜ、疑問系?」
蘭のもっともな質問は、宙ぶらりんになってその場に浮いた。





「…で、何がどうなってそういう結論になったの?」
「うん…」
とりあえずを横に座らせ、落ち着かせる。突然腕をつかんで教室を連れ出されて、挙げ句に唐突なこの告白。さすがにわけがわからない。
「実は昨日、ね…」
倉庫に閉じこめられたこと、その後保健室であったこと。時々視線を伏せたり、照れくさそうにしながら話しているに相づちを打ちながら、蘭は微笑を浮かべてを見つめていた。…いつもの元気印とは違う友人の姿に、なんとなく微笑ましい気持ちになる。
「…でさ、前、蘭と和葉が言ってたでしょ?その…」
珍しく歯切れの悪いの言葉を、蘭が代わって引き継ぐ。
「屋上の時のことね?」
蘭と和葉の2人で、『快斗はのことが好きだ』と話をしていた、あのときのことを言っているのだろう。
「うん…それって、本当…かなぁ…?」
自分が好きかもしれない相手が、やはり自分のことを好きかもしれない。それは確かに、考えてみれば心穏やかな話ではない。が戸惑ってしまうのも無理はなかった。
「そうねぇ…私の目から見て、やっぱり黒羽くんはに好意をもってると思うよ?少なくても、嫌われたりはしてない。これだけは確実ね」
本当なら、直球で「絶対のこと好きだって!」と言ってやりたかった。そうすれば、としても心中に変化があったはずだ。…だが、彼女はまだ、自分の気持ちに自身を持ちきれていない。そのまま流されて…ということにもなりかねない以上、不用意な発言は禁物である。
「なんかさー、自分でもはっきりしないってのが一番気持ち悪いの。自分のことでしょ!!なんでわかんないの!?って…」
いらいらしたように、とんとんとん、と踵を踏み鳴らす。やはり彼女は、まだ確信を持ちきれていないのだ。
(…この程度なら、いいよね)
そっと、背中を押す程度なら。
「黒羽くん、さっき図書館に行ったよ。調べ物するみたい」
それを聞くと、はぱっと顔を上げた。今日一日、なんだかんだですれ違ってしまい、結局一言も言葉を交わしていなかったのだ。
「話聞いてもらって…ちょっと、答え出てきたかも。あと、少し、って感じがする。ありがと、蘭!!私、行ってみるね!」
「うん、いってらっしゃい」
ひらひらと手を振って、音楽室を出て行くを見送る。バタン、と閉まるのを確認してから、小さく咳払いした。
「…行ったわよ?」

プヒョ〜…ピホヒュルピ〜…

破壊的なリコーダーの音色が、誰もいなかったはずの音楽室に響く。蘭は、自分が座っていた最前列の席からゆっくりと後ろを振り返った。
「…盗み聞きなんて、探偵さんたちのやることじゃないんじゃない?」
「別に盗んじゃいねーよ…練習に来てただけだって。なぁ、服部?」
ごそごそと机の下からはいだしてきた新一が、向かいの机に向かって話し掛ける。すると、そちらからは平次と和葉が顔を出した。
「ほんまに偶然聞いてしもたんや…その、なんちゅーか…」
ここまで神妙な顔つきをしていた3人が、一気に満面の笑みになった。
「面白そうなことになっとるやんけ!!」
「ついにここまできたか、って感じだよなー!!」
もやるなァ!」
わいわい騒ぎ出した3人を見ながら、蘭は苦笑した。…まったく、も無用心だ。教室にいるのは蘭だけ、加えて明日は音楽のテスト。人がいない場所、ということでここを選んだのだろうが、他のメンツがどうしているかまでは考えが及ばなかったらしい。
「図書館には行っちゃ駄目だからね!これはの問題よ」
「「「はーい!」」」
(怪しい、というより…100%行く気満々ね…)
こうなってしまったら、もはや止められないだろう。仕方なく、蘭も腰を上げた。
「…遠くから、見るだけだからね?」
これが最大限界の妥協策だろう。不満そうではあったが、とりあえず皆納得したらしい。

…やがて、音楽室は今度こそ、本当に空っぽになった。



----------------------------------------------------------------
BACK