…27回目の、誕生日が来た。




だけど、ハッピーバースデイ。







いつだって、自覚することはなく過ごしていた自分の誕生日。
それを“新一が生まれてきた日なのだから”といって毎年祝ってくれていた幼馴染も、今はもう自分のことを覚えてもいないかもしれない。…既に、家庭を持っているのだから。
「…オレ、は……。」

16歳で、体が縮んだ。
6歳に、逆戻りした。
それから、11年の時が過ぎた。
…かつての自分の年齢を、超えるときがきた。

窓の外には、ぽっかりと浮かんだ蒼い月。
出窓にうずくまるようにして座りながら、それを見上げる。
時計の針は、まもなく0時を回る。
…さすがに、ある種の感傷は、あった。

「…江戸川コナンは、17歳になるのか。」
工藤新一を残したままで。

カチ

「オレを、置いていくのか。」

カチ

「…お前は、」

カチ

このまま成長して、どうしようっていうんだ。

カチ

「……江戸川ぁあああああ!!!!」

「……っ!?」
がば、と。
膝に埋めていた顔をあげる。
慌てて窓の外を覗けば、クラスメイトのが腰に手を当ててこちらを見上げていた。
それに唖然として、次に何かを考える間もなくコナンは窓の鍵を開け、開いた。
「…?」
「お、やっぱ起きてた」
上から声を掛けられ、はにっと笑って言う。
「今、バイト上がりなの。ケーキ買ってきたから一緒に食べない?」
「バイト…って、オメー、今何時だと……」
「バイト自体は10時までに上がってるからだいじょーぶだって。ダベってただけ」
(…こんな時間まで?)
確かは、両親とも既に他界して親戚からの仕送りで一人暮らしをしていると聞いている。門限にうるさい人間がいないと奔放になるのかもしれないが、明日だって学校はある。さっさと帰ればよかっただろうにと思いながらも階段を下ると、コナンは玄関の扉を開けた。
「…よっす」
「……オゥ」
「入っていい?」
「ここまで来て帰れとは言えねーよ」
「そ」
ずかずかと上がりこむと、何もいわれなくとも器用にキッチンを見つけ出し、ポットをチェックしている。夕飯のあと珈琲を飲んだだけだから、お湯はまだ入っているはずだ。
「江戸川、茶。」
「…ヘイヘイ」
(でも一体なんで?)
なんのためにバイト上がりから今まで時間を潰していたのだろう。
「…なあ、。」
「レモンパイとチョコケーキ。どっちがいい?」
きゅ、と。
瞬間、胸が締め付けられる。
「…チョコ、ケーキ。」
そう返し、ティーカップを運ぶ。は勝手に皿を出し、その上にケーキを出していた。
「それ、今日の店の残りか?」
は、ケーキ屋でバイトをしている。賞味期限が昨日まで、といったケーキを度々持ってきているのを知っていたコナンは、何の気なしに聞いた。
「バッカ!違うよ!これはちゃんと買ってきたの」
「……そりゃまた、なんで」
椅子を引いて座り、素朴な疑問を投げかける。

「だってあんた、誕生日でしょ。」

「…………っ」
不意をつかれ、言葉に詰まる。
確かに先ほどまでは覚えていたはずなのに、感傷に浸っていたはずなのに、の登場で振り回され、すっかり頭の中から消えていた事実。
「…わざわざ、祝いに来たのか。暇人」
コナンの憎まれ口にもはいやな顔をせず、にやりと笑って返した。
「暇人じゃないわバーッカ。暇じゃないのに“わざわざ”来たんだよ」
「………なんでだよ」
「嫌だから。」
コトン、と、チョコケーキを乗せた皿をコナンの前へとおいていう。
「あんたに、一人で誕生日を迎えさせたくなかったから。」
だって寂しいじゃない?と。
そう言って笑ったの表情は、今までに見たことのないものだった。
(…コイツは、孤独を、知っているんだ。)
帰っても誰もいない家。
明かりをつけるのも、消すのも、いつだって自分自身。
誕生日に家に帰ったって、笑顔でおめでとうを言ってくれる人はいない。
「なんか詳しい事情は知らないけど、こんなでっかい屋敷で一人は…やっぱ、さ」
自分が工藤邸に住まう理由は、学校の人間は誰も知らない。無論、も。
それでも、は知っていた。
“ひとり”で迎えることの寂しさを、知っていた。
「あんたがなんでこんなとこに住んでんのかとか、……なんで、壁つくってんのかとか、知らないけど」
「…なんだよ、壁って」
「気付かないとでも思ってたのか、バーカ。…ただ、それでもね、今日はあんたの誕生日なんだから。あんたにとって嬉しいものか嬉しくないものかなんて、そこまでは知らない。それでも、私は祝いたいの。だから祝いに来たの」
…壁、か。
確かに、作っていたかもしれない。無意識のうちに、…自分を守るバリアーを張っていたかもしれない。
「…きかねーのか」
「別に?話してくれとかいうつもりないから安心して。」
ぱくぱくとレモンパイを口に運ぶを見て、コナンは自然、口元が緩んでいた。……いた。いたんだ。
「オレの、…江戸川コナンの誕生日を、祝ってくれるのか?」
「さっきからそーいってんでしょ。なんで葬式みたいなツラしてんのかしらないけど。ハッピーバースデー!」
「…オレより早く食いながら言ってんじゃねーよ!」
「いたたたたたたっ!」
頭をぐりぐりとしてやる。今はもう、口だけではない。目も、微笑んでいた。
(いないと思っていたのに)
江戸川コナンを、祝ってくれる人なんて。
(……へへ、)
なんでオレ、こんなに嬉しい気持ちになっているんだろう。
「……江戸川?」
「なんでもねーよ、バーロ。」
ただ、今の、じんわりあたたかな気持ちを、逃したくなくて。
その一心で、ぎゅ、とを抱きしめる。
「ぷぷっ、ガキー。」
「うっせーよ。黙っとけ」
「はいはい」
皿の上にあったはずのレモンパイは、既にそこにはなく。
心の中にあったはずのわだかまりすら、今は影を潜めていて。
きっと自分はこれからも、かつての自分と戦わなければならないのだけれど。
「オメー、責任とって来年も祝えよ」
「はぁ?なんの責任?」
「これからのオレを認めた責任だ」
「…意味わかんない」
「いつか教えてやるよ。いつか、な」
「…いつか、ね」
くるり、と体を反転し、コナンを見上げ、は笑って言った。
「じゃ、教えてくれるまでは祝ってやる。」
「……オゥ」
それじゃあ、一生教えてやらねーよ、とか。
そんな言葉は、ただ黙って飲み込んでおいた。
「名前、呼べよ」
「江戸川?」
「フルネーム。」
「……変なヤツ。別にいいけど」
一拍おいて、が続ける。
「江戸川コナン、誕生日おめでと。」
「……さんきゅ。」

ありがとう。
オレの誕生日を祝ってくれて、……ありがとう。



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