「…………。」
試してみたいことが、あった。
「鷹通さん!」
「? 神子殿、どうされました?」
とてててと走ってきたに、鷹通がにこりと笑って応じる。
「あのね…………………」





眼 鏡 を 外 す 夜







「…………で?」
「えへへー」
呆れ顔の天真に、はにっこりと満面の笑みを返した。
「じゃーん!」
「“じゃーん!”じゃねーっつーの!なんだよコレ!」
「だから〜…」
すっ、と自分に「それ」をかけ、言う。
「眼鏡だよ?」
「〜〜〜〜あのなぁ………。」
ぽん、との肩に手を置き、天真は必死に抑えた声で聞いた。
「な・ん・で、わざわざンなもんこさえてんだよ!?」
「………に………、て」
「あ?」
「友雅さん……に、かけてみてもらいたくて。絶対似合うと思うの」
「…………………。」
「だから、鷹通さんにお願いして、鷹通さんが作ってもらってるところを紹介してもらって、度の入ってない眼鏡作ってもらって………」
目眩がする。
頭を抱えたくなる衝動を抑え、天真は精一杯の(引きつった)笑顔を浮かべた。
「………健闘を祈る」
「うん、ありがとう!じゃ、ちょっと友雅さんとこ行ってくるね」
手を振り去り行く後ろ姿を、ため息をついて見送る。
「……いいのか、アレ?」
「次の策を藤姫様が占われている最中だ。今は神子殿のお好きなようにされればいい」
「そうかよ……」
の後を追って出て行った頼久を、天真は半眼で送り出した。





「…………。」
はしたないとは、わかっているが。
正面から行くと、色々面倒くさいのだ。あれやこれやと世話を焼かれ、友雅にたどり着く前にヘロヘロに疲れてしまう。
「………けど、これは想定外だなぁ…」
風の吹くままに髪をなびかせ、長い睫は顔に影を落としている。…規則正しく上下する胸は、友雅が深い眠りについていることを示していた。
「お邪魔しま〜す…」
ガサガサと茂みから体を出す。水干についた葉を簡単に払いのけてから、はそっと友雅の元へ赴いた。
「………友雅、さん?」
そっと呼びかけてみる。…返事は、ない。
「失礼しまーす…」
そっ…と、眠る友雅に、鷹通がつけているより幾分細めの眼鏡をかけてみる。そのまま恐る恐る手を離すと、うまいことはまったようだ。
「…………っ!!」
ふぉお、と声にならない声をあげ、はバンバンと気持ちだけ床を叩いた。
「写メっ…っ、ああ、ないんだった!うわあん勿体無い、待ち受けにしたいのに…!」
きゃあきゃあひとしきり盛り上がった後、再びまじまじと見つめる。…寝ているだけでもこれだ。起きているときに…などと考えただけで頭に血が上りそうだったが、さすがにこのまま友雅が目覚めてしまうとマズい気がしなくもない。今の内に回収してしまおうと、手を伸ばした時だった。
「やれやれ。随分と悪戯好きな姫君だな」
「……あ、」
伸ばした手の先で、翡翠色の瞳が楽しそうに細められる。
ひく、と頬を引き攣らせると、は真っ赤になって、慌てて手を引っ込めた。
「あの………」
「いつから、なんて、野暮なことは聞かないだろう?」
「……はひ…………」
赤くなって俯く。言わずもがな、が友雅の元へ来た時から起きていたのだろう。
「…で、これはどういった趣向かな?」
にこ、と微笑み、フレームを押さえる。度は入っていないから、レンズが入っていても視界はいつもと変わらないはずだ。
「や…友雅さん、なんでも似合うから、その……た、試して…みたく、て」
しどろもどろと俯いたまま続けるを、友雅は笑みを深くして見つめた。
「…嬉しいことを言ってくれるね」
「え?」
友雅の言葉に、がぱっと顔を上げた瞬間、瞳に映る世界がすごい速さで流れていった。

どんっ。

「………っつ、」
痛くはないように、だが身動きはとれない程の力で、友雅はの肩を壁に押し付けた。世界が流れたのは、その所為だ。
「と、ともま、さ、さ……?」
「ふふ、驚かせてしまったかい?すまないね。…寝起きで、頭がよく働いていないものだから」
とってつけたような友雅の言い分に、さっとの頬に朱がさした。
「何を……」
「いやなに、神子殿があまりにも可愛らしいものだから。…つい、ね」
悪戯心が、うずいてしまったのだよ。
そう言って、友雅の顔がゆっくりと近付いてくる。
「や、ちょ、ま……!」
眼鏡をかけた友雅のアップは、ただそれだけで失神しそうなほどに魅力的だ。だが今はそれどころではない。そんなことを考えている余裕はない。首を振って逃れようとするの動きを封じ込め、友雅は更に顔を近づけた。
「……………」
そこで、不意に友雅は眉をひそめた。
「…神子殿。この…“眼鏡”、外してもいいかな?」
「え……?」
ぎゅ、と瞑っていた瞳をゆっくりと開く。友雅は、微笑を浮かべて言った。
「こんな薄いモノ一枚にでも、私と神子殿の間を邪魔をされたくないのでね。」
「なっ、」
言うが早いか、友雅はさっさと眼鏡を外してしまった。それを丁寧に畳み、脇においてから向き直る。
「さて、神子殿」
「いや、あの、えーと………」
「もう、邪魔するものはないよ?」
にっこりと。
…極上の微笑を浮かべて言った友雅に、は己の浅はかさを呪った。





「…ん、頼久?どうした?は一緒じゃないのか」
「…………………いや」
一人伏目がちで戻ってきた頼久に、天真が疑問符を浮かべる。そして、はたと思い当たったのだろう。深々と嘆息し、言う。
「…お疲れ。」
「ああ…………」
ぽん、と頼久の肩を叩いた天真の手が、力なく落ちた。




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