カミサマ。





「…錬金術師は非科学的なことは信じない」
「そうですね」
「だが、例外的なこともある」
「そうですね」
「たまにはロマンも求めてみたくなるのだよ」
「そうですね」
「そう、例えば…」
「そうですね」
「…中尉」
「そうですね」
「…今そこをハボックが空飛ぶ絨毯に乗って飛んでいたぞ」
「そうですね」
「…中尉、今度の休日二人で出かけよう!」
「それは賛成しかねます」
「なんでそこだけ否定するんだ!!」
ばんっ、と机を叩き、ロイはたまらず叫んだ。
「…次の休日は何日ですか?」
ロイの叫びには答えを返さず、ペンをとめることもせず。
ホークアイは、冷静に問掛けた。
「…24日だ」
「そう、24日です。年の瀬もいいところですよ。そんな日に呑気に休暇をとれるのは将軍クラスの方々です。私たちは休日返上で出勤するのが当たり前でしょう」
すらすらと、前もって用意していたかのようななめらさで述べる。
それを聞いて、ロイはぐったりと机の上に突っ伏した。
「…筋が通っているだけに逆らえないな…」
「わかっていただけて光栄です」
分厚い書類の束を紐で束ね、とんとんと角を揃える。どうやら一段落ついたらしい。
「大佐、眠気覚ましにコーヒーでもいれましょうか?」
「…頼む」
突っ伏したまま、もそもそと答える。
こちらはまだ、終了の目処は立たないらしかった。
(いや…確かにその通りなんだが…そこをこう…なんとかできないもんかな)
片肘をついて起き上がり、ロイはコーヒーを入れるホークアイの後ろ姿を見ながら嘆息した。
そう、12月24日はクリスマス・イブ。
ロイの言っていた「ロマン」とはそのことである。
「…クリスマスはイエス・キリストの誕生日。イブはその前夜祭のようなものだ。現在では生誕日は日にち的にズレがあることは定説となっている。だが…今更伝統行事を変えることはしないだろう。そしてイエスは、神が遣わした救世主…」
下を向いたまま、ぽつりぽつりと、ロイは自分の知っている知識を言葉でつむいだ。
「…大佐?」
「だが…一体何人の者が神の存在を信じている?」
そう言って、ロイはそこで顔を上げた。
「中尉。君は、“神様”を信じるか?」
元よりロイとて、信仰心などは持ち合わせていない。
それでも、クリスマスという響きにはそれなりに気分が高鳴るし、冗談半分にでも神という存在に助けを求めることもある。
クリスマスイブにホークアイを誘ったのは、信仰心からなどではない。
ただ一緒に、雰囲気を楽しみたいと思っただけだ。
「神様…ですか」
両手にマグカップを持ち、ロイの机の前まで歩いてくると、
ホークアイは机の上にそのうちの一つを置いた。
「ありがとう」
「いいえ。…神様、ですか…」
再び問いを繰り返し、ホークアイは椅子を引いて腰を下ろした。
そして、考え考え、ゆっくりと話し出す。
「…この世にはたくさんの宗教がありますし、また、誰しも心の中に自分だけの神というものが存在しているでしょう。それは絶対的な掟だったり、揺るぎない目標だったり…自分に都合のいい解釈ばかりするものだったり。神、という言葉でひとくくりにはできないかもしれませんね。そういう意味で言うなら、神は人の数だけいるのかもしれません」
そこまで言い、ホークアイは手に持ったままだったコーヒーを飲んだ。
ロイはそれを聞き、ホークアイに更に問いを投げ掛けた。
「君にも…いるのかい?“神様”が」
それを聞くと、ホークアイは暫しロイを見つめてから、短く答えた。
「…ええ。」
「そうか…」
自分にもいるのだろうか。
神様、が。
「でも、それとイブはあまり関係ないと思いますよ。あれは宗教上の行事というより、イベントですから」
そう言って、ホークアイは再び書類に視線を落とした。
(え)
それは、もしかして。
「…中、尉」
「はい」
「それは…“別にその日に街へ繰り出すことには抵抗はない”ということだよな?」
「そうですね」
次第に頬が緩むのに耐えながら、ロイは言葉を続けた。
「24日まではまだ時間がある。その日までに少しでも書類処理が進めば、一日中は無理かもしれないが少しなら時間的に余裕もできるな」
「そうですね」
軽い緊張を覚えながら、ロイは意を決してさらに言葉を続けた。
「…中尉。少しでもいいんだが、24日は私と出かけないか?」
「…そうですね」
…それに返ってきたのは、肯定の返事。
「やった!!」
ロイが飛び上がって喜ぶと、コーヒーカップの中身が書類に小さな染みを作った。
「大佐!」
「あぁ、大丈夫、これは重要書類ではない。よし…俄然やる気が出てきたぞ」
言うが早いか、ロイはすごいスピードで書類をこなしていった。
…それを見て、ホークアイは苦笑を漏らしつつ、自分の仕事に戻った。





24日になにがあったかは、また別の話。






神様。

それは、絶対的な掟だったり、揺るぎない目標だったり、守りたい人だったり―……

あなたにも、神様はいますか?




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