P.K.O





「『今日の午後九時、“海狼星”を頂きに参ります―――怪盗キッド』」
読み上げ、ちらりと見やれば…予想に違わず、きらきらとした眼差しでこちらを見つめる園子の姿。
「それ、間違いなくキッド様からの予告状よ!!いーなー…羨ましいっ!」
それを聞き、予告状の持ち主…は、軽くため息をついた。
「狙われてるのに何がいいのよ。参ったなあ…どうしよ」
の元に予告状が届いたのは、今朝である。朝目覚めたら枕元に置いてあったのだ。…深夜に婦女子の部屋に侵入するとは、失礼極まりない。…なんてことも言っておられず、今や屋敷は厳戒態勢だった。
「なになに、何の話?」
ひょい、と覗き込んできた蘭に、はことの顛末を説明した。
「へー。の家、お金持ちだもんねぇ。今まで狙われなかったのが不思議じゃない?」
「そうそう!前うちの“漆黒の星”が狙われたじゃない?のパパ、うちのパパ相手に悔しがってたんだから」
それを聞き、は苦笑した。家でも「なぜうちではなく鈴木財閥が…」と言っていたのは、そう古いことではない。
「だからもう張り切っちゃって。今の我が家は、これから戦争でもするんじゃないかってくらいの警備よ。帰るのが怖いくらい」
「ちなみに今夜、オレも呼ばれてたりするんだよな」
唐突に割って入った声に、は慌ててそちらを見やった。
「工藤くん!?」
「へー、新一も呼ばれたの?」
蘭の問いに、新一はにっと笑って答えた。
「まーな。そんなわけで、今日の帰りおめーと一緒だけどいいか?」
「それは別にいいけど…ごめんねー、うちなんかのために」
心底申し訳なさそうに言うの肩を叩き、新一が笑顔で続ける。
「気にすんなって」
「うん…ありがとー、工藤くん!」
(むしろ親父さんに感謝してるくらいだよ)
…おめーの家に行く機会をくれたんだからな。





「…………広。」
門扉の前に立ち、新一はぽかんとして言った。
門扉は、がなにやらインターフォンに話しかけると、自動で内側に向かって開いた。声紋を読みとって家の者を聞き分ける扉らしい。
そして庭を見て…ぽつりと漏らした言葉が、「広。」だ。
(サッカーできるんじゃねーか…?二試合くらい同時に)
今はあちこちに警備員が立っていて物々しいが、普段は花が咲き乱れて木陰のある、素晴らしい庭なのだろう。
「…広いかなあ?ちなみにこれは裏庭ね。この屋敷の向こうが客人用の表門で、向こうの庭の方がもっと豪華よ」
「てことは、今オレらが入ってきたのは…」
「裏門」
目眩がした。
廊下一面に敷き詰められたふわふわの絨毯の上をのあとに続いて歩いていると、ひとつの扉の前でが立ち止まった。
「父に一応挨拶しておく?」
ふいにの口から出たセリフに、新一は飛び上がった。
「ま、まだ早いんじゃねーか!?や、おめーがいいんだったら、オレは別にいつでも…」
「…へ?」
「…っ!?あ、悪ぃ、なんでもない…」
…何を言ってるんだ自分は。
とりあえず中に案内され、ひと呼吸置いてから新一はぺこりとお辞儀をした。
「工藤新一です。宝石は必ずお守りいたしますので、ご安心ください」
「そうか、君が工藤くんか!よろしく頼むよ」
「はい」
その後、に案内されるままに例の宝石の警備場所へとやってきた。
「…これが海狼星…か…」
ガラスの向こうの、蒼く輝くビッグジュエル。ざっと周りを見渡せば、百人体制で敷かれた警備に幾多の罠。確かに、並大抵の者ではこれをかいくぐることは不可能だろう。…並大抵の者ならば。
「工藤くん、予告の時間まで私の部屋にいない?暇だし」
「…へ?」
「行こ行こ!」
「オ、オゥ!」
腕を引かれ、新一は慌てての後を追いかけた。





「…っと、もうこんな時間か」
壁に掛かった柱時計は、八時半を示していた。
「ほんとだー!…へへ、工藤くんの話がいっぱい聞けて、楽しかったよ」
「そ…そうか?」
(殺人事件の話が楽しいか…?)
まあ、がそう言うのだから、ここは素直に喜んでおくとしよう。
「さて、そろそろ行かなくちゃ…窓閉めるから、ちょっと待ってね」
(工藤くんとこんなに話せたなんて…キッドに感謝しなきゃ)
窓枠に手をかけると、何やら甘い香りがした。…同時に、強烈な眠気に襲われる。
「……?ごめ…くど…くん、なんか急に眠く…」
「…!?」
慌てて手を貸そうとする新一が、霞んだ視界の端に映る。それより早く、誰かの腕に抱き止められたことを感じ……そこで、の意識は途切れた。
「…キッド」
静かに舞い降りたその怪盗は、いつかと同じ不敵な笑みを浮かべていた。
「こんばんは、探偵クン。あぁ、なら眠っているだけだから安心しな」
「図々しく呼び捨ててるんじゃねーよ。…手を離せ」
「言われなくとも」
ふわりとをベッドに横たえると、そのまま流れるような動作で窓の外へと飛び出した。
「待て!」
(くそ…逃がさねーぞ!!)
ここは三階だ。飛び降りるわけにはいかない。新一はの部屋を飛び出すと、階段を跳ねるような勢いで駆け降りた。





「ん……」
!気が付いたか?」
「…工藤…くん?」
「キッドがおめーに催眠薬をかがせたみてーだ。大丈夫か?」
「…そうだったんだ…」
ゆっくりと身を起こし、慌てて時計に目をやると、時刻は既に九時を回っていた。
「…!?くっ、工藤くん、宝石は…!」
そのの問いに、新一は黙って首を横に振った。短い悲鳴が漏れる。
「そんな…!」
あれは、うちの財閥にとってとても大切なものだ。もう何世代にも渡って、財閥を見守り続けた、守り神のようなものなのに。
「父のところへ行かないと…!」
「無理すんなよ、まだ寝てろって」
ここに至って、ようやくは不自然な事実に気が付いた。眉をひそめ、疑問をぶつける。
「…工藤くんは何でここにいるの?」
例え盗られたところで、そんなにあっさり諦めるはずはない。今頃キッドを、追っているはずだ。
「もう逃げちまったよ。残念だけど、宝石は…」
――…違う」
じりじりと距離を取りつつ、は掠れる声で絞り出すように言った。
「あなた、工藤くんじゃない…!」
違う、何かが違う。声も顔もそっくりだけれど、ぬぐいきれない違和感に焦燥に駆られた。
じゃあ…彼は、誰だ?
「…怪盗キッド?」
まさか、とは思いつつも、選択肢は他にない。おそるおそる聞いたに、彼は苦笑して立ち上がった。
「…バレちまったか」
ほんの一瞬、瞬きをしたその刹那の間に…目の前にいた新一は、白装束をまとった怪盗の姿になっていた。
「…甘く見ないでほしいわ」
とん、とベッドから飛び降り、腰に手を当て、は真正面からキッドを見据えた。
「それは失礼しました。よろしければ、なぜ私だとわかったか教えて頂けませんか?」
「それは…」
それ、は。
かぁっ、と頬が紅潮する。馬鹿正直に言っていいものだろうか?
(えーいっ、相手は怪盗!二度と会わないんだしっ、言ってしまえっ!)
「だって私、ずっと工藤くんのこと見てたからっ!!」

ばたんっ!!

!大丈…」
が世紀の一大告白をしたその瞬間。樫の木で作られた扉が、盛大な音を立てて開いた。…そこには、肩で息をする新一の、姿。
「「…………………え?」」
新一と、
共に、ぽかんとした声を同時に上げた。
(今、今……)
固まったまま動かないに、新一も同様に動けない。すごい勢いで耳まで染まっていく様子を見て、やっと一言だけ言葉が出た。
「……マジ?」
「あ…あ…あの、あっ…」
(どうしようもう穴を掘って潜りたいとかそういうレベルじゃないよむしろ穴を掘って地球の裏側へ出て逃げ去りたいいやそれともジェット機に乗って大気圏外へ行ったほうが)
頭の中を、ものすごいスピードで様々な言葉が流れ去ってゆく。まるで縫いとめられたかのように動けなくなっていた体を、誰かがふわりと持ち上げた。
「えっ…」
「海狼星と一緒に、も頂いていっていいかな」
頭上から聞こえた声に、ようやく自分がキッドに抱き上げられていることに気がついた。
「ななななななぁぁぁっ!!?」
「っざけんじゃねぇ!!はオレのことが好きだって言ってんだろーが!!」
「言ってないよぉぉぉ!!?」
面と向かって言った訳ではない。…言ったと同じような、気もするが。
それにきょとんとしたのは、新一である。
「…違うのか?」
「や…違わない…けど…」
それを聞いて、新一は満面の笑みを浮かべた。
「っしゃぁ!そーいうわけだ、さっさとを返してもらおうか?キッド」
「…やれやれ。仕方が無い、今夜は引き下がるとしますか…」
名残惜しそうに絨毯の上へを下ろし、その右手にそっと何かを握らせる。
「…?これ…」
「私が求めていたものではなかったようです。それはお返しします」
つい、との空いているほうの手を手にとると、その甲に軽くキスをした。
「私は諦めませんよ?盗むのは得意なんです。…あなたの心を頂きに、また参ります」
言うが早いか、すっと窓の外へと消え…その場には、呆気に取られたように佇むと、同じく硬直して動けずにいる新一が残された。
(なんつーキザな野郎だ…!)
それはともかく、今は。
「な…なぁ、…」
そっと声をかけたつもりだったのだが、は飛び上がって慌ててこちらを振り向いた。…行動が、やや過剰気味だ。
「…その…私、工藤くんのことが…」
ここまできたならもう、隠していても仕方が無い。俯いたまま、ぽつりぽつりと言葉をつむぐ。
「す…好き、です…」
「うん、オレも」
「…え?」
あっさりと返ってきた返事に、はぱっと顔を上げた。…そして、はにかんだような笑顔を浮かべる新一と、目が合う。
「…今、なんて…」
「だから、オレも好き。の、こと」
「……ほんとに…」
信じられない、と首を振るのほうへとゆっくり歩み寄り、その手をとって、慣れない仕草ながらもそっと甲にキスをする。
「…これからも、あなたのお側にいさせて下さい、姫。私めが、P.K.Oとして貴女のことをお守りします」
「P.K.O?」
疑問符を浮かべたに、ウィンクをしながら答える。
「『プリンセスを怪盗からお守りします』…なんつって、な」
一瞬目を見開いてから、も照れくさそうに笑って答えた。
「………はいっ、お願いします、王子様!」

…姫を守る戦いは、まだ始まったばかり。




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美恵子さん、リクエストありがとうございました!!
本当は庭の湖には白鳥が泳いでて、屋敷にはエレベーターがついてて、庭では虎が放し飼いにされてて頭上は鳶が旋回してるとかそういう設定も使いたかったです(やめておけ)
こんなに立派な屋敷だったら、新一君間違いなく婿入りですよ(笑)

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