最近、あいつの様子が少しおかしい。それが例の怪盗絡みだということは想像できるのだが、彼女は、自分からオレに情報を流してくれることが滅多にない。それが、オレに心配をかけまいとしているからだとは分かる。…分かる、が。 「服部平次や。今日一日だけやけど、よろしゅう頼むで!」 がたんっ。 …さすがに、“こいつ”の登場には黙っていられなかった。 「どーいうことだよ、!」 「あは、あはは…ごめん」 休み時間になるや否や、新一はを空き教室まで引っ張っていった。のほうも心得ていたらしく、素直に謝ってくる。…が、欲しいのは、謝罪の言葉ではない。 「なんであいつが…服部が、こんなとこまで来てんだよ!オメー絡みなんだろ?」 教壇の上から、服部がに小さく目配せしたのを見逃す新一ではない。 「う、うん…実はね、工藤くん…」 「違うだろ」 むすっとした表情のまま言った新一に、が慌てて手を振る。 「あ、じゃなくて…新一くん」 まだ慣れない呼び方に、どうしても「工藤くん」のほうが先に出てしまう。謝るのも妙だし、今は状況説明を優先させるべきだろう。 「実は…父が、その、すごい服部くんファンで…」 「……は?」 ファン、だって? それとこれと、どう関係があるというのだ。 「…あいつは変装の名人や。キッドかもしれない以上、今日一日は“二人きり”っちゅー状態は禁止やで」 「は…?」 ふいに聞こえた声に、新一が唖然とした声を上げる。ドアを背にしていたため、気付かなかったのだ。 「ほな行こか、姫さん」 「あ…うん」 あっさり従ったに、驚いたのは新一だ。 「おいおいおい!?キッドってなんのことだよ!?今日何かあんのか!?」 「…なんや工藤、オマエそんなことも知らんのか?」 「あ、ちょっ…」 制止の声を上げたに構わず、平次が言葉を続ける。 「今日はキッドが予告した日やろ。姫さんをいただく、っちゅーキザな文句でな」 「なっ…」 そのまま手を引いて出ていこうとした服部を、がなんとか留める。さすがにこのまま出ていったりしたら、新一に申し訳ない。 「あのね、新一くん、話すとちょっと長くなるから、昼休みにちゃんと話すから!」 「あ、ああ…」 ぴしゃんっ、と閉められた扉に、しばし呆然として佇む。一体、何がどうなっているというのだ。 昼休みまでは、とてつもなく長かった。無論、物理的に長くなったわけではない。体感速度だ。 (…気が長い方じゃないんだよ、オレは) こと、恋愛面に関しては。 の隣の席に陣取り、教科書を見せてもらうために机をくっつける。斜め後ろの自分の席からは、なんとも楽しそうな服部の笑顔がよく見えた。 (…考えろ。何がどうなっているのか) わかっている情報といえば、どうやら今日、キッドが予告したらしいこと。の父親が、服部のファンだということ。そして服部は、を守っているらしいこと……。 (…組み立てると、だ。) すこぶる面白くない結論が導き出される。新一はくるくるとシャーペンを回しながら、不機嫌な表情のまま窓の外に目をやった。 同じ学校の同じクラスに、オレ―――東の名探偵がいるにも関わらず、あいつ…服部に、のガードが依頼されたのだ。そういうことになる。 (わざわざ一日だけ帝丹の生徒になって、か) この様子だと、例の屋敷はもっとすごいことになっているだろう。そんじょそこらの美術館や博物館より、よっぽど警備は厳重に違いない。 もしかしたらオレ、身分違いの恋ってやつをしているんだろうか…新一がそんなことを考えながらシャーペンを取り落としたとき、昼休みを告げるチャイムの音が響きわたった。 「…うん、その通りだよ。さすがだね、工藤くん」 ぽかん、とした様子で言ったの頭を、軽く小突く。慌てて「新一くん」と言い直したを見ながら、新一は深々と溜め息をついた。…たまには、自分の推理にも外れて欲しいものだ。 「ピースが足りなかったみたいだな。完成したと思っていたけど、まだ空白があったみてーだ」 ジト目で言った新一に、「ははは…」と乾いた笑いが聞こえる。屋上にいるのは、新一、、平次、そして… 「ボクも居辛くて仕方ないんだ。かえって不審な目で見られるしね」 「…高木刑事のオマケつき、と。」 「オマケって…」 の父親は、高木刑事に「一日ボディガード」を依頼したらしい。その割りに授業中に姿が見えなかったのは、廊下にいたからだという。なんだってここまでする必要があるのか、半ば呆れながら新一がに聞いた。 「その…一回、連れて行かれちゃって」 「なっ……!」 唖然とした新一に、平次が横から口を挟む。 「で、屋敷が大騒ぎになったらしいわ。幸い、ちゃんはなんもされんで無事に帰ってきたけどな」 「うん…」 (なんでオレに言わなかったんだよ…!!) そのセリフを、ぐっと飲み込む。違う、はオレに心配をかけたくなかっただけだ。ここで責めるのはお門違いだろう? 「…本当に、何も無かったのか?」 静かに、一言だけ言った新一に、も一言で返す。 「うん。」 「…そっか、ならいいんだ」 こいつの、この目で言われる言葉は。この世で一番、信頼することが出来る言葉だ。 「おーおー、見せ付けてくれるやないか。…ったく、なァ高木刑事?」 「え?あ、うん…あ、あはは…そうだね」 「へ?いや、その…そんなつもりはなくてっ!!あぁもうごめんなさいぃぃ!」 ぱたぱたと勢いよく手を振って赤くなるを前に、高木は苦笑した。謝る必要なんかないのに。ボクはただ、ちょっぴり君たちが羨ましかっただけだよ。 (うーん、怪盗キッドかぁ…) 物理的に彼女を盗むことは可能でも、その先はどうする? 「工藤君、勝算は?」 そんなことを考えながら、何気なく新一に聞いてみた。 「100パーセントです」 「…大きく出たね」 「そらまぁ、オレらがいるわけやしなぁ」 そんな平次を見て、新一がにやりと笑って言う。 「バーロー。…オレ一人で、100パーセントに決まってるだろ」 「おいおいおい…なんだこの警備は?」 の家からやや離れたビルの上で、キッドは呆れたような声を上げた。既に8時を回っているにもかかわらず、屋敷の周りは明かりで煌々と照らされている。庭から室内から警備の配置されていない場所は無い。肝心のの部屋に至っては、窓の外からドアの向こうまで、人で壁が作れるほどの手の入用である。 「…っつっても、肝心のお姫様はいないみたいだけどな」 まったく、屋敷の者の…というより、父の心配をものともしていない。父上には同情するぜ…と苦笑しつつも、スコープで観察を続ける。そこで、不自然な一団が目にとまった。 「あれで変装してるつもりか…?」 家の裏手で、警備の服を着た4人組の集団。一人は本物の刑事だろう……どこだったかは忘れたが、見覚えがある。残り二人は考えるまでも無い、東の名探偵工藤新一と、西の名探偵服部平次だ。 「で…」 ぶかぶかの制服に四苦八苦しているのが、……だ。 「っし…いくか!」 予告時間は9時。今から行けば、いい頃合いだろう。 くるりと半回転しながらビルから飛び降り、ハンググライダーを音を立てて広げながら、キッドが飛び出していった。 「あのさぁ…名探偵に言うのもなんだけど、賢明じゃないと思うよ?これ」 長い袖をまくりあげながら、が顔をしかめながら言う。 「自分の部屋にいたほうが安全だと思うんだけど」 ねぇ?ともの言いたげに見上げたの頭に、平次が手を乗せながら言う。 「あんなぁ、せっかく大怪盗が来てくれるんやで?ただ守るだけってのもつまらんやろ」 「つまり、服部君が言いたいのは…」 周囲を警戒しながら、高木が言葉を続ける。 「わざと危険な状態にいることで、キッドを誘い出そうってことかい?」 「そうなります」 新一が、答えながらのスボンの裾をまくる。急なことだったので、大人の男性向けのサイズしかなかったのである。 「、大丈夫か?」 「うん…」 自分如きのために、3人もの人に守られているのは少々くすぐったい。少し照れながら答えると、新一はそれを敏感に感じ取ったらしかった。 「オメーを守りたい、っていう親父さんの計らいなんだ。もっと堂々としてていいんだぜ?」 「…うん、ありがと。工藤く、」 ぼうんっ!! 「「!!?」」 突如として現れた真っ白のもやに、視界が奪われる。 「きゃっ…」 「、こっちだ!」 新一の声と共にぐいっと強く引かれた手に、そのまま逆らわずついていく。 「しまった、煙幕だ!くそっ…」 高木の声が、遠くに聞こえた。高木が間違った方向に進んでいるのか、それとも… 全力で走り続け、もう走れない、と思った時、ようやく足が止まった。近くにある壁に身を寄せ、が肩で息をつく。 「はっ、はっ……」 「…大丈夫か?」 大して息も乱れていない新一に、が目を丸くする。あれだけ走ったのに、さすがだ。 「うん、大丈夫…それより、他の皆は平気かな」 「あぁ。大丈夫だろ…今のうちに、もっと遠くまで行ったほうがいいかな」 「ね、ねえ…」 おそるおそる。それは、確信に近くもあったが、それでも確かめずにはいられなかった。 「工藤くんは、なんでこっちが正しい道だってわかったの?」 「ん?前来たときに、このへんを散策して…」 間違いない。 「…あなた、キッドでしょ」 「へ?」 きょとん、とした顔は、見慣れた新一そのものだ。けれど、違う。騙されている、彼は新一ではない。 「工藤くん…は、私がそう呼ぶと必ず“新一くん”って訂正させるの。試すようなことして、ごめんね?キッド」 申し訳なさそうに言ったに、新一…いや、キッドが苦笑した。 「まったく…貴女は、そうやってすぐ私の心を惑わせる」 「え…」 瞬きをした瞬間、目の前の新一は真っ白のマントをまとったキッドへと変化していた。騒ぎを聞きつけたのか、あちらこちらから声が聞こえ始める。 「今夜はお暇しますよ。もうゆっくりしている時間もなさそうだ」 「…二度とこなくていーぜ」 ぜぇぜぇ、と荒い息と共に、聞きなれた声が後ろから聞こえる。 「…工藤くん!!」 「だーかーらー、」 びしっ、とデコピンをしてから、訂正する。 「新一、だろ?」 「…ふふ、本物だね」 「はぁ?」 の言葉の意味が分からず、首をかしげている新一に向かってキッドが一礼した。 「今夜はあまりお話できずに残念でした。…では、いずれまた」 「! 待て、キッド!!」 だが、新一が駆け出した時には既にキッドの姿は何処にも見えなくなっていた。本当に素早い。 「逃がしたか…」 「戻ろっか。服部君や高木刑事が待ってる」 悔しそうに空を見上げている新一の腕を引き、がにこりと笑って言う。 「ね、新一!」 「…!」 その言葉に、新一が無言でを引き寄せた。 「うわっ!?」 「…知らねーぞ、もう」 「は…はぁ?」 身分違いでもなんでもいい。知ったこっちゃない。…この、腕の中の彼女を。決して、決して離したりはしない。 「決めたんだ」 「何を!」 意思の疎通が出来ていない会話をはたから見ながら、高木が言う。 「なんだかなぁ」 「まったく、こんだけぎょーさんの警備も何の意味もないやんか」 「そうだねぇ」 彼女にとっては。 「工藤君さえいれば、それでいいみたいだからね」 「あーあ、アホらし。さっさと大阪帰ろ」 (とりあえず…) 工藤君、君の敵は、怪盗キッドよりも。 「ー!!、どこにいるんだー!!」 「あ、お父さんだ。ちょっと行ってくる!」 「え、あ、おい!!」 くるりと身を翻していってしまったを、新一が慌てて追いかける。それを見て、高木が苦笑しながら呟いた。 「お父上、じゃないかな…?」 --------------------------------------------------------------- 美恵子さん、リクエストありがとうございました!!そしてお待たせしすぎで申し訳ありませんでした…! 新一くんの苦悩は続きます(笑) BACK |