それは、いつかのどこかの物語。






「…こわくなんかないよ、ふんっ」
…周り中、知らない人しかいない。そもそも、景色がわからない。ここは一体、どこだというのだろう。
「こっ…こわくなんかっ…!」
…子供のプライド。
“怖い”なんてことは、絶対に有り得ないのだ。
だから、の脳内では、今自分は親とはぐれてこんな事態になっているわけではなく、自分の意思でここにいることになっているのだ。
「ふぇ……っ」
ともすればこぼれそうになる嗚咽を殺す。やがて、一人佇むを迷子だと思ったのだろう。
一人の男性が、ゆっくりと近付いてきた。
「っ!」
びくり、と肩を震わせると、は更に奥へと逃げ込もうと身を翻した。
…自分の周りにいるすべてが、敵に見える。
――――…いと!」
その男性が呼んだ名が何かを判別する前に、は駆け出していた。





大人ではくぐれない隙間を幾度か抜け、走り、そうしてたどり着いた先は、

「…………わあ」

…一面に咲く、菜の花畑だった。
「きれい………」
瞬間、自分がおかれた状況を忘れてその光景に魅入る。
…だがすぐにここが見ず知らずの土地だと思いだし、キュッと唇をかみしめた。
「こわくなんか……」
「ねーよなっ!」
「……え?」
が慌てて振り返ると、いつの間にか、そこにはと同じ年頃の男の子がいた。
にっと笑って、の元へと走りよる。
「………あなた、だれ?」
「オレ?オレは黒羽快斗ってんだ」
「……かいと」
「オメーの名前は?」
。」
「おっけー。……、もう大丈夫だぞ」
…その言葉に、張りつめていた緊張の糸が、ぷつりと切れた。
…堰を切ったように、ぶわっ、涙があふれてくる。
「ふぇっ…えっ、うわああぁんっ」
「よしよし」
ついにはしゃがみこんで泣き出したの頭を撫でながら、快斗はしばらくそうしていた。ポロポロと泣き続けるの頭を、優しく優しく撫でていた。
「………っく、」
「落ち着いたか?」
「……ん」
そういってごしごしと目をこすろうとするの手を止め、快斗は「赤くなるだろ」といってハンカチを取り出し、の涙の跡を拭ってやった。
「菜の花畑、見に行こうぜ」
「うん!」
手を引き立ちあがった快斗につられ、も立ち上がる。
そうして自分の背丈とあまり変わらないような菜の花畑に飛び込むと、どこか違う世界に迷い込んだような気持ちになった。
「かいと―?」
「こっちだよ、こっち!」
…そうして一時の間、菜の花畑には幼い笑い声が二つ響いていた。





「こっちだ」
ゆっくりと、だが迷いなく。
快斗は、の手を引いてずんずん道を進んでいった。
「どこいくの?」
がいきたいとこ」
快斗の言葉に首を傾げていると、だんだんと見覚えのある景色になってきた。
………そうだ、ここは。
!!」
「…………っ、おかあさん!」
そう、母親とはぐれた場所。
駆け寄ろうとして、ふと繋いだままだった手を見る。
「……いけよ」
「かいと………」
すっ、と手を離した快斗の元に駆け寄ると、はその頬にちゅっとキスをした。
「ありがとう!!!」
ぶんぶん手を振って走っていくを、快斗はポカンとして見送った。
「……任務遂行、ご苦労さん。ご褒美はなにがいいかな?」
「…………いいよ。もう、もらったから。」
「…おやおや」
真っ赤になって頬を押さえている快斗を、盗一は微笑みながら見つめていた。





「………おはよ。快斗、早いね」
「まぁな。たまにはな」
カレンダーについた印は、二人の愛の記念日。
「なぁ、
「………ん?」

「菜の花畑、行くか」





2nd Anniversary


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ムツミさん宅、「2周年おめでとう」の思いをこめて。
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