戦場





思い出すのは、緋色と悲鳴。
緋色は、自分の指先が弾き出したものであったり、紅い泡末として散ったものであったりした。
(イシュウ゛ァールの殲滅戦…か…)
哀惜も、
憎悪も、
殺意も、
後悔も、
…何も感じはしない。
単なる兵器として戦うのなら、感情はいらない。
「…佐。大佐!」
はっ、と意識を引き戻す。寝ずに夢を見ていたらしい。目の前にいる存在に気付かなかったとは重症だ。
「なんだ、鋼の」
「なんだじゃねーよ。中尉から聞いてねーのか?俺、今日ココ離れるからさ。とりあえず挨拶してこうかと思って」
「あぁ、そうか…」
査定で戻ってきていたエドに会ったのは、もう数日前になる。
多忙だったため、顔を会わせたのは今で二度目だった。
「…進歩は?」
「ん、まあそこそこ。まだ…」
戻れる兆しはないけれど。
…飲み込まれた言葉は、聞かずともロイには分かった。
「君は」
「え?」
「君は、」
人間兵器として戦うことになったら、どうする?
(愚問だな)
軽く首を振って苦笑する。自分はこの少年に、どんな答えを期待していた?
「いや、なんでもない。気にしないでくれ」
「? じゃあ、オレ行くから。またな」
「ああ。アルフォンス君にもよろしく。…それと」
「ん?」
ドアノブに手をかけていたエドは、首だけで振り返った。
「早く元の体に戻れるよう、祈っているよ」
「あぁ。サンキュ」
にかっと笑い、出ていくエドを見送ってからロイは小さく呟いた。
「願わくば…人間兵器として、戦うことがないように」
悲劇を繰り返さないように。
(もし、再び人間兵器として招集されたら?)
自分は?
「失礼します」
入れ違いに入ってきたホークアイは、軽く口許を緩めて言った。
「エドワードくんがいらしていたんですね。彼も…」
そこまで言って、ホークアイは不思議そうな顔をした。
「…大佐?どうかなさいましたか?」
部屋の中で一人、くっくっく、と肩を震わせて笑っているロイの姿はかなり異様である。
「…っ、いや…なんでもない…」
何がこんなに可笑しいのか、自分でも分からない。
ただ、彼女が現れた。それだけなのに。
(俺も随分と簡単な男だな)
先刻まで感じていた、不安や危惧は溶けて消えていた。
「ホークアイ中尉」
「はい」
「君は、私に…」
「はい。どこまででもついていきます」
ロイは目をぱちくりとさせた。
「有能な部下で助かるよ」
「無能な上司で苦労します」
ロイは固まった。
「冗談です。大佐は、雨の日以外は有能ですよ」
ホークアイの言葉に、喜ぶべきか悲しむべきか怒るべきか、
本気で悩んでいるとホークアイが言葉を続けた。
「大佐。上の方からお呼びがかかっていますが」
「…やれやれ」
どうでもいい思考を遮断し、これからたらふく受ける“ありがたい励まし”のことを考えて溜め息をつく。それでも。
「さぁ、行くか」
「はい」
自分にもある、確固とした目標。その日まで、ロイは決して立ち止まらない。
例え再び戦場を踏む日が来ても、

―――支えてくれる人がいる限り。




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2004.3.21


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