手料理





「…腹減ったっス」
「奇遇だな。私も同意見だ」
「いやあの…皆そうだと思うんですけど…」
困ったように言うフュリーに、周りの皆も一斉に頷く。
時刻は丑三つ時。
どこぞの国の、労働基準法など軽やかにシカトした勤務時間である。
「大体大佐が悪いんスよ、夕飯オゴるなんて言うから。そのせいでココ空っぽになったんだし」
「なっ…しっぽ振って喜んでただろうがお前ら!」
つまり。
ロイが珍しく「夕飯をオゴる」などと言ったせいで司令部は空っぽになったのである。唯一の止め役であるホークアイは、外出中。
その結果、回されてきた任務は放置しっぱなしになり、挙げ句、たまたま視察に来ていた中央の上官にそれを発見され…
まぁ、あとは語る必要もないだろう。
「いい加減にしてください」
静かなホークアイの声に、一気に場が静かになる。
彼女を怒らせてはいけない。それは全員の、暗黙の了解だった。
「ようやく終わりも見えてきましたし、ハボック少尉、ブレダ少尉、ファルマン准尉、フュリー曹長は帰宅して構いません」
「…私は駄目なのか?」
「大佐には仕上げがあるでしょう」
ぎん、と睨みつけられ、慌てて机に視線を戻す。
…冗談だってのに。
口には出さず、不平を唱える。そうこうしている内に、皆は大喜びで机上を片し、さっさと帰宅してしまった。
…かりかりかり
   …かりかり…
静かな部屋に、筆跡音だけが響く。
「…中尉…その、今日は」
悪かった。
そう言おうとした瞬間、ホークアイがペンを置いた。
「悪いと思うなら可急的速やかに終わらせてください」
「…君は人の心を読む術でも心得ているのか」
「大佐が分かりやすいだけです」
ロイがそれを聞いてすねていると、ホークアイはなにやら机の中からゴソゴソと取り出した。
「夜食にしようと、自分用に持ってきたんですけど。私の手料理ですが…食べますか?」
綺麗な袋に包まれたそれは、まず間違いなく弁当だろう。
…しかも、ホークアイの手作りとくれば…
(食べたい。そりゃあ食べたいが、だが…)
「それは、中尉が食べるために持ってきたのだろう?それを私がもらうわけにはいかないさ」
やはりここは、上官として我慢しなければ。そう思い言ったのだが。
「いいんです。食べてください」
ホークアイにしては珍しい押しの強さだ。ロイは、それならばと好意を受けておくことにした。
「では、私は残りの書類を提出してきます」
「ああ、頼むよ」
自分とてかなりの空腹状態だったのだ。ロイは、ホークアイが出ていくのと同時に弁当を開いた。
「! これは…」
思わず手を止める。
自分用にするにしては、手が込んでいる。さらに、サイズがどう見てもホークアイ用ではない。
「…ありがたく頂くよ、中尉。」
上から大量の追加任務を受けずとも、深夜まで勤務することが多いロイである。そんな彼を気遣ってくれたのだろう。ロイは、自然と頬が緩むのを感じた。
さて、この礼はどう返そうか。
任務を終えたばかりのロイの頭は、またもフル回転を始めたのだった。




----------------------------------------------------------------
2004.3.17


BACK