3時間目





「雨か……」
朝からぱらぱらと降っていた雨は、三限が始まる前には本降りになっていた。窓に叩きつける水滴を睨みながら、平次が大きな声を出す。
「先生方ー!三限、体育館使ってもええかー?」





「ちゅーわけで、三限は長距離走中止な。やりたいことあったら言ってや」
体育館に集まった生徒たちに向かって、平次が腕を組みながら言った。
(服部先生って…なんか必要以上にジャージが似合う気がする…)
がそんなことをぼんやり考えていると、クラスメートたちが続々と希望を出し始めた。
「服部!俺サッカーやりたい」
「偉大なる先生を呼び捨てたな。却下や」
「服部せんせー、長縄やろうよ」
「女子だけでやってろよ!なにが悲しくて縄なんか飛ばなきゃなんねーんだ!」
「何よ、不器用で飛べないからってひがまないでよね!」
「んだとォ!?」
「あーもうこんなんでモメんなや!ほなオレが決めるで、ドッチボールや!これで決まりな!」
「ドッチボールかー…」
嫌いでは、ない。むしろ好きだ。皆もどうやら同じらしく、わあわあ賑やかにチーム分けを始めていた。
(参加したいのは山々なんだけど)
さっきの今で、顔面にでもボールを食らったらさすがにきつい。他の役割でなんとか参加できないかと、その旨を服部に伝えようと腰を上げると、服部の方からちょいちょいと手を振って呼んでいた。
「? 何ですか、せんせ…」
「オマエは見学しとき。黒羽から話は聞いたで」
「………アリガトウゴザイマス」
どういう説明の仕方をしたのだろう。場合によっては自分の立場はあまりよろしくないような気もしたが、危惧したところでわかりようもない。
「せやけどまァ、ただ見学ってのもつまらんやろ?せやから、には審判頼むわ。ええか?」
「あ、はい!喜んで」
何らかの形で参加したいと思っていた矢先だ。これを受けない理由はない。
「ほな、ちょっと待っててや。椅子持ってきたる」
「え?別に、そこまで…」
しなくても、と言ったときには既に服部の姿は見えなくなっていた。…早い。
「食らえ!!殺人アターック!!」
「何のっ、硬化シェルター!!」
早くもボールの投げあいを始めたクラスメートたちを見て、やっぱり自分もボールに触りたかったなあ…とぼんやり思った。普段の体育で「ドッチボール」をやることなどまずないのだから。
(ま、仕方ないよね。我慢我慢)
それに、今突き指なんかしたらまた保健室に行かなきゃいけなくなるし…と軽く首を振って視線を上げ、…そしてそのまま硬直する。
、これに座っとき!」
「うーわー…」
「…せんせー、そんなんだからいつも工藤先生に馬鹿にされるんだよ…」
に代わって上がる声に、服部がにっと笑って答える。
「審判なんやし、こんくらいせんとな!」
「…登るんですか、私、これに…。」
テニスコートから担ぎ込まれた審判椅子(2m以上ある)を横目に、は深く深くため息をついたのだった。





(…とか言ったものの)
実際に上り、座って、見下ろしてみたら。
(結構楽しいかもしんない…!!)
「…絶対満喫してるよな、のやつ」
「俺も乗ってみてーよアレ」
下でそんな会話が交わされていることなど当然知らず、はうきうきとホイッスルを握った。
「それでは試合を開始します!出席番号奇数vs偶数、はじめっ!!」
「うぉぉぉぉおお来いや高月ィィイ!!」
「ぶっ飛ばしたるで坂本ぉ!!」
日ごろの憂さ晴らし、もとい恨み返し、もといドッチボール大会は、激戦の様相を呈していた。
「ピィーッ!!顔面ボール、セーフ!はいそこっ、後ろから羽交い絞めとかしない!こら、足を引っ掛けるなーっ!」
審判のも、のんびり観戦とはいかなかった。立て続けにホイッスルを鳴らし、声を枯らして叫び続ける。まったく、消費エネルギーは試合をしている面子と変わらないのではないだろうか。
「なぁ、オマエ出席番号は偶数と奇数どっちや?」
「は?え…偶数、ですけど…」
下から聞こえた服部の声に、が不思議そうにこたえる。だからそうしたというのだろう。
「…よし。代理、服部平次参加しまぁーすっ!!」
「ちょっ……?」
が制止の声をかけたときには、時既に遅し。服部は空中でボールを捕球し、早くも手近な男子に当てていた。
「きったねぇーぞ服部!!」
「いきなり入ってくんじゃねーよ!」
「服部先生が入ってくれたからには百人力だわ!みんないくわよーっ!!」
「はっはっは、任しとき!!ほーれ二段連続当てーっ!!」
「っつ…!調子のってんじゃねーよ!」
「塚本、30点減点」
「ごめんなさい服部様ぁぁぁああ!!」
(収拾つかなくなってきた…)
服部の乱入により大混戦となった戦場(と、言っていいだろう)に、ホイッスルを吹くのも忘れて見入る。ふと気付けば、本気になった服部のせいで奇数組みは壊滅の危機にあった。だが偶数組みも女子が多かったせいか、決して数は多くない。どうやら試合は「相手の首領格を落とした方の勝ち」という流れになっているようだ。
「去ね服部ィ!」
「甘いわ、ほい人間ガード!」
「……服部、非人道的…」
盾にされた生徒が流す涙に「おおきに」とにっこり笑って返し、服部はすぐにまた捕球体勢に入った。
(本当、おもしろそう。せめて一球くらい…)
そう思った矢先。
「やべっ、外した!」
奇数組みの投げたボールが大幅にずれ、の方へと飛んできたのだ。
「! うわ」
とっさに両手を出し、気付いたときにはがっちり捕球していた。
「あ……」
ー、パスやパス!」
左手でぶんぶん手を振っている服部を見て、心は決まった。
「………へっ?」
大きく手を引いて投球体勢をとったに、服部が間の抜けた声を上げる。そして、次の瞬間。
ドウンッ!
「へぶっ!」
「…やったぁ!!」
「よくやったー!!」
が力いっぱい投げたボールは、服部の顔面にクリーンヒットした。





「…ほんま頼むで、
「すみません、なんか楽しそうな服部先生見てたら腹立っちゃって」
「オマエ…案外黒いんやな…」
体育館の隅でダウンしている服部の額に冷やしたタオルをあてがいつつ、はにっこり笑って言った。まさかあそこまで綺麗に当たるとは思わなかったが、おかげですっきりできた。クラスメイトたちは第二戦を開始している。
「あの…服部先生にちょっと聞きたいことあるんですけど、いいですか?」
「ん?なんや?」
きょとん、として聞いた服部に、がタオルを手元に戻しつつ、探るように聞く。
「あの…黒羽先生、私の容態についてなんて言ってました…?」
おかしなことを言っていなければ、それでいい。
そう思って聞いたを、服部はしばし無言で眺めていた。否定するでも、肯定するでもなく。
「…ただ、“頭を打ったばかりだから見学させるように”て言うただけや。他には何も」
「そう…ですか……。」
ほっ、と安堵して胸をなでおろしたの頭を、服部がふいにぐりぐりと撫でてきた。
「いっ、いたたたたっ!?な、なんですか服部先生!痛いんですけどっ…!」
「厄介なヤツに目ぇつけられたもんやなぁとは思うがな、オレはなんもせぇへんで。…愚痴くらいならいつでも聞いたるから、いつでも来てええで」
「…?あ、りがとう…ございます……」
よく意味はわからなかったが、なにやら励まされたらしいことはわかった。とりあえずお礼を言ったところで、歓声が聞こえる。二戦目が終わったらしい。
「ほな、行こか?」
「あ…はい」
先に立った服部が手を貸し、を立たせる。その手は大きく、あたたかかった。
(…せんせ、さっきはごめんね?)
その手をとりつつ、ボールを当てたことは、心の中でだけそっと謝っておいた。



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