人目を憚るかのように、わざわざ夜中に来なくてもいいと思う。勤務時間外なら、軍服を着てくる必要性もないのに着ているのは何故だろうと自問する。
…いや、本当は分かっているのだ。分かった上での行動だ。
「…ヒューズ」
墓の前で口にする名はいつもひとつ。
「俺が、」
ぎり、と唇を噛む。

俺が、俺が、俺が。

人目を憚る理由は簡単だ。後ろめたさがあるからだ。
軍服を着てくる理由も分かっている。彼の前で弱い自分を見せないためだ。
『ロイ・マスタング大佐』であるために。
「大佐」
「!」
突然呼ばれ、小さく肩を震わせる。
「…中尉。私に急ぎの用か?」
悪いが、あとにしてくれないか。
言外に含めた意味に、聡明な彼女なら気付いてくれるだろう。そう踏んで言ったのだが。
「私は」
「中尉…?」
すっ、とロイの横に立ち、話し始める。
「私は、どこまででもあなたについていきます。大佐が…ご自身の望む結果を出されるその日まで」
そこで膝を折り、墓にそっと手を触れる。
「ヒューズ准将…ヒューズ中佐も、そのつもりだったのでしょう?」
「…!」

言葉が出ない。

胸が熱い。

息が苦しい。

「それは東方指令部の皆も同じです。無論、誰にもヒューズ准将の代わりを務めることはできません。それでも…持てる全ての力で以て、大佐を支えます。ですから…」
そこで区切り、小さく呟くように言う。

「もう、ご自身を責めないでください」

「ホーク…アイ…中尉…」
こんなに悲しい顔をする彼女を、見たことがない。

必ず仇をとる。

上層部に喰らい付いてやる。

そう心に決めたのは、遠い話ではない。
(俺はこんなに弱かったか?)

違う。

(やるべきことはわかっている)

そうだ。

(立ち止まっている暇はないんだ)

わかっている。

「中尉」
「はい」
いつものように、きりっとした表情に戻っている彼女を見て、言いようのない安心感に包まれる。
微笑を浮かべながら、ロイは言った。
「ありがとう。目が覚めたよ。さぁ」
右手を差し出す。
「行こうか」
「…はい」

この人に、ついていこう。
ホークアイもまた、決意を新たにする。

…ロイは小さく、心の中で呟いた。
(…じゃあな、ヒューズ。今度会うときには、土産を持ってきてやるよ)

その日まで。

ここには来ない、という決意を込めて。




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2004.3.16


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