<61.日記の続きになっています。> 「大佐、中尉はカゼでお休みだそうです」 部屋に入ってきたロイに向かって、受話器片手にフュリーが言う。その瞬間、ロイは物凄い早さで受話器をひったくった。 「中尉!?」 「…もう切れてますけど」 ぼそりと呟き、慌ててその場を離れる。このままここにいたら命が危ない。 「…私は、今日一日仕事を休む。文句のある者は?」 入り口で。右手の親指と人指し指をぐっ、と合わせて笑顔で言う。 …絶対零度の、微笑。 『行ってらっしゃい』 東方指令部の面々は、引きつった笑顔でロイを見送った。 ホークアイは、カゼを引いて休んでいた。無理を推して出勤しようとしたのだが、玄関先で倒れたため、あえなく挫折したのだ。 (大佐…ちゃんと仕事しているかしら) 朦朧とする意識の中、ホークアイはベッドの中でぼんやりそんなことを考えながらうとうととしていたが…気だるげに首を振る。 期待するだけ無駄だ。 早々に諦め、眠りの世界へ旅立とうとした、まさにその時。 「ホークアイ中尉!」 ずばんっ!! ホークアイの自室の扉が、勢い良く音を立てて開く。 「見たまえ!この私がだね…」 言いかけ、顔を引きつらせる。 「…大佐。女性の自室を不用意に開けない方がよろしいかと」 「は…はは…中尉、銃を下ろしたまえ」 ホークアイの拳銃は、ロイの額にしっかり照準を合わせていた。 「…大佐。何のご用ですか…」 力無く腕を下ろし、ホークアイは溜め息と共に問掛ける。ここにロイがいる以上、仕事をしていないのは明白だった。 「ふふん、驚きたまえ。この私の最高傑作、兎林檎を!」 自信満々、自慢気に高々と掲げた右手には…彫刻刀で彫ったかのような、それはそれは精巧な兎の形をした林檎だった。爪まである。 「うさ…」 ホークアイは、呆気にとられた。確か兎林檎というのは、林檎の皮を耳に見立てて立てる切り方だ。あんな精巧なものではない。 「大佐が作ったんですか?…お上手ですね」 ここで誤りを指摘するのは得策ではない。それよりも、あんなものを作り上げたロイに敬意を示そうと思った。 「あぁ。まぁ、私ほどの腕前なら一発で成功するがな。心して食したまえ」 そして、ホークアイの枕元に兎林檎を置く。 そのときになって、彼女はようやく気付いた。…ロイの指が、傷だらけであることに。 (大佐…まさか私のために…?) 軽い感動が胸を駆ける。 ロイの心遣いが、ただ単純に、素直に嬉しかった。 「…いただきます」 しゃく、と噛んだ林檎は、甘酸っぱくて瑞々しくて。 熱によって乾いた喉を潤すには、最適だった。 「おいしい…です」 「当たり前だ。それは最高級の林檎だからな」 そう言ってロイは微笑んだ。 中尉がおいしいと言った。それだけで自分はもう十分なのだ。 「さぁ、休みたまえ。君に早く元気になってもらわないと、皆心配する」 「皆…ですか?」 それは、貴方も? 「無論、私もだ」 そう言って頷いたロイを見て、ホークアイは安心して夢の世界へ旅立った。 …ロイがホークアイの寝顔をずっと見ていたせいで、職務が相当たまってしまったことはまた別の話。 ---------------------------------------------------------------- 2004.3.30 BACK |