「…で、これはどういう状況?」
「私刑。」
あっさりといわれた台詞に、快斗がひくりと頬を引き攣らせる。
「リン…チ、だあ?」
「散々心配かけておきながら、全て丸く収まりました、はいめでたしめでたし、で終われるほど、甘くはないつもりだよ」
にこりと微笑んだ白馬からは、静かに、だが激しいオーラが立ち上っていた。…M輪さんあたりに見てもらったら、すごい名前の色が出てきそうだ。
(…なんでこうなったかな……)
深くため息をつきながら、快斗は思いを巡らせた。





「快斗!」
「〜〜〜〜くううぅ」
ただ単に名前を呼ばれただけ。
本当に、それだけ。
だというのに、頬はだらしなく緩み、目じりは下がり、どうしようもなく情けない表情になってしまう。
「……快斗。その反応に対するツッコミ、さすがに疲れたんだけどスルーしていいかな」
対照的に、うんざりとした表情で言ったのはだ。気まずそうにしながら、微かに頬を染めている。
「だって、が帰ってきたんだ!オレのが!!これを喜ばずして何を、」
「誰があんたのなのっ!!ああもうっ、さっさと日誌持っていきなよって言いに来ただけなんだから!!」
快斗が伸ばした腕は空を切り、は軽やかなステップで後方へ飛びながら快斗に日誌を放った。
「お、っと」
「そんだけ!じゃあね、」
くるり、と一旦背を向けてから、首だけ振り返る。
「……また、明日ね。」
それだけ言って、逃げるように立ち去ってしまう。
っ……!!」
正直、今すぐ追いかけて抱きしめてしまいたい。最後に見せた、はにかむようなあの笑顔をこの腕に閉じ込めたい。
……けれど。
「…駄目だな、オレ。少し落ち着け…」

…記憶を失っていたが、紆余曲折を経て、自分とのことも思い出してくれて。
それは単純に嬉しいことで、…嬉しい以上のことでもあった。
目には見えない部分で、より一層、のことを求めてしまう自分がいること。
そのことに、気付いてしまった。
それはきっと…手綱を放してしまえば、をも怖がらせてしまうほどに。

(だからってふざけてばっか、ってわけにもいかねーしなあ…)
とん、と肩に日誌を乗せ、廊下を歩きながら一人ごちる。
が自分との関係を忘れたと知った時、諦めようとしたこともあった。…けれど、それは到底出来ない話で。再び戻ってきたを抱きしめた時、自分がばらばらになる一歩手前だったことを嫌というほど思い知ったのだ。
…先ほどのように、こまめに想いを発散させなければ、それこそ自分がどうにかなってしまいそうで。
「せんせー、日誌」
「遅かったな、黒羽。記入漏れはないだろうな?」
「多分ね」
「こら、黒羽っ…!」
適当に話を切り上げて、職員室を出る。…そこで、白馬と青子、それに紅子に出迎えられたのだ。
「快斗、ちょーっと顔貸して?」
……ついぞ見たことのないような、満面の笑みの青子の言葉とともに。





「で、オレが何をしたって?」
空き教室の真ん中の席に座らされ、快斗が面白くなさそうに言う。教壇の上では、白馬と青子が何やら難しい顔を突き合わせていた。…そういえば、紅子はどこ行った?
「面白くないの。」
「どこの不良の言いがかりだ」
青子の言葉に、快斗が半眼で返す。すると、白馬が引き継ぐように言った。
「黒羽くん、この間の件、円満に解決したことは本当に喜ばしいことだと、僕らはそう思っている。…それは勘違いしないでもらいたい。だが、その直後からああも壊れた君の姿を見せられると、釈然としないんだ。わかるかい?」
「わかんねーよ!!」
全くこれだから、と呆れたような顔をされ、次第に腹が立ってきた。なんなんだこいつら、一体何がしたいんだ?
「おいオメーら、知ってるか?人の恋路を邪魔するやつは…」
そこまで言ったところで、青子の携帯が鳴った。
「! 白馬くん、準備オッケーだよ!」
「よし」
軽く頷くと、白馬が不意に快斗の方へ足を向けた。
「な、なんだよ」
その勢いに、ガタン、と椅子から立ち上がり、身構える。
「黒羽くん、朝の占いを見たかい?今日の君のラッキーマジックは、人体切断だそうだ」
「ラッキーマジックってなんだよ!!そんな占い見たことねーよ!!」
「四の五の言わず切られたまえ!!」
「ちょ、おま、その糸ノコどこから出しやがった!?大体箱も何も用意しないでただ切るだけって、それマジックじゃなくて殺人未遂……!」
どたばたと暴れまわっている二人を横目に、青子はそっと入口へと移動していた。
「成功するかもしれないだろう!?」
「失敗したらどうすんだ!!」
(あと少し……!)
逃げ回る快斗の腕が緩む、その一瞬をついて。
「う、わっ…!」

ズボンのベルトが、切れた。

「……快斗、何してるの…?」
「え゛」
聞こえるはずの、ない声に。
…ぎぎぎ、と音がしそうな動きで、首を入口へと向ける。
そこには、(明らかにさっきまでとは違う意味合いで頬を染めた)が視線を逸らしながら立っていた。の横には、してやったり、な笑みを浮かべた紅子。
「な……!こ、これは、」
「やれやれ、公衆の面前で下着をさらけだすなど、正気の沙汰とは思えないね。君は一体何がしたいんだい?」
「白馬、てめっ…!」
糸ノコはどこかに姿を消している。心底呆れた、といった表情の白馬に舌を鳴らすが、今はこいつに構っている場合ではない。
「……イイ男は、下着までかっこいい、ってな!ははっ、どうだ、惚れ直しただろ!それじゃあオレはこれで!」
下に落ちたズボンを風のような速さで引き上げ、そのまま窓から飛び降りる。数瞬後には、下の方からきゃーだのいやーだのといった声が聞こえてきた。

「きっと、アレで格好つけてるつもりなんだよね。」

青子の言葉を、紅子が継ぐ。
「…今の彼の精一杯でしょうね」
くす、と笑みをこぼしながら、白馬を見やる。
「こんなところかしら?」
「……まあ、これが精々、か…」
一人、わけがわからずにきょとんとしているの元へ足を運び、白馬が苦笑しながら言う。
「すみません。ちょっとした、悪戯心だったんです」
「悪戯心?」
「…彼が、あまりにもハッスルしていたもので」
「………?」
わからなくていいんです、と言葉を続けてから、そっと微笑む。
さん。……何か妙なことをされそうになったら、いつでも僕らに言って下さいね」
「みょ、妙…?う、うん……」
その時の白馬の微笑みは、なんというか、端的に言うなら……怖かった。けど、言わないでおく。
「よーっし!それじゃあ第一回は大成功ってことでかいさーん!」
「なかなか楽しかったわ」
「そうですね、次回はどうしましょうか」
わいわいと話している3人に、は一人、わけがわからないままにきょとんとしながらその後についていった。





「……ちくしょー」
自分の想いが暴走しそうだ、ということ。
気付いたのは自分だけではない、ということか。
「あいつら、のこと大好きだからなー……」
自分の想いの置き場所より、身内の敵をなんとかしなければならない、ということか。
「…上等だ!受けてやろうじゃねーかっ!」
……しかし。
「結構…手強そうだよな。」
ずり落ちたズボンを押さえたまま隠れている自分の状況に、ひっそりとため息をついたのだった。



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