君の背中





『☆今月の特集☆』

“女性が一番憧れるシチュエーションってなんでしょう?”

道行く女性に尋ねてみました。

「えーと…後ろからぎゅって抱いてもらうのです。すっごい安心するんですよね」

「後ろ抱き…かな。待ち合わせの時とか、不意打ちでやられるとたまらない」

…第一位は、“後ろ抱き”でした!

続いて…



「後ろ抱き…か…」
分厚い資料の手前に女性誌を忍ばせ、ロイはぼそりと呟いた。
(後ろ抱き…嬉しいか?相手の顔見えないんだぞ?だが世の女性の多くがそう答えている…実行してみる価値はあるか)
悶々と考え込んでいると、目の前にドサリと書類の束が置かれた。
「…大佐。先ほどから処理済みの書類がいっこうに回ってこないのですが」
「え?あ、いや、今仕上げているところだ。もうしばらく待ち…」
慌てて取り繕うが、にゅっと伸びてきたホークアイの手によってその言葉は中断される。
「…大佐…デートのお約束があるなら、尚のこと早く終らせてください。それまでこれは預からせて頂きます」
「違っ…」
否定の言葉を口にする暇も与えず。ホークアイは、ぱたんとドアを閉めて出ていった。
「〜〜〜違うんだぁぁあ…」
閉まったドアに向かってうらめしげに呟いたところで、ホークアイが戻ってくるわけではない。
…とにかく、この仕事を終らせなければ口もきいてもらえないだろう。ロイは、なかば自棄になりながら書類の束に手を伸ばした。





「終わったっ!!」
「…へ?」
どんっ、と目の前に書類の束を叩き付けたロイを見て、ハボックは呆けた声を出した。
「だから、終わったと言っているんだ」
「いや…俺に言われても」
「終っているだろう?よし、確認したな!それじゃ私は帰るから事後処理はお前に任せた。いいか、任せたぞ。じゃあな!」
「ちょっ、待っ…!!」
大佐であるロイがこなした書類など、ハボックが一目見て終っているかどうかなど分からない。
第一、
「今日は大佐、夜勤組っスよー!?」
先に帰宅したホークアイを追って、…ロイは既に姿を消していた。





(! いた)
星が瞬く時刻。
50mほど先を歩く、見慣れた影を見付けてロイは歩を緩めた。
(えーと…確か、不意打ちがいいとか書いてあったよな…)
だが、そこまで考えてから固まる。…この時刻に、こんな場所で後ろから抱きついたりしたら…
まず間違いなく、体のどこかに穴があく。下手したら即死だろう。
(いや…参ったな)
声をかけるにもかけられず。ロイは悶々と悩みながら歩いていた。…だから、気付くのが遅れた。
「ん?」
声が聞こえたような気がして、何とはなしにふと視線を上げた先。そこで、複数の人間がもつれあっている様が視界に入った。…先ほどまでホークアイがいた辺りだ。
「!? 中尉!!」
その影に向かって、ロイは全力で走り出した。だんだん近付くにつれ、何が起こっているのか分かってくる。
「物取りか…!」
治安の悪い東部では、決して珍しいことではない。今そこにいるのは、その手の物取りと思われる二人組の男と、ホークアイだった。右手の発火布をぎゅ、と構えたところで、ロイは大声を上げて制止の声をかけた。
「やめろ!中尉!!」
…ホークアイに。
「! …大佐?」
今まさに引金を引こうとしていた指をとめ、ロイの方へ顔を向ける。
「…っ、落ち着くんだ!!」
後ろからホークアイを抱き、動きを封じた上で男たちを睨みつける。
「なっ…なんだ、お前は!?」
「邪魔すんじゃねぇ!!」
「あの…大佐」
「勘違いするな。俺はお前達を助けたわけじゃない…軽く焦がすぞ」
言った次の瞬間には、悲鳴を上げる暇すら与えずロイは二人組を吹っ飛ばした。無論、焔でだ。
「…ふぅ…」
安堵の息をつき、肩の力を抜く。
「大佐」
「…あ」
今の状況を思い出し、ロイは慌てて手を放そうとする。…が、ふとした考えが浮かび、そのままの姿勢で動きを止めた。
「大佐、あの…取り乱して、すみませんでした」
「いや」
「大して罪の重くない者を…撃ってしまう、ところでした」
「そうだな」
「…あの、大佐?」
「ん?」
「…あの…」
「ああ」
“腕を解いてくれないか”という言外の意味に気付かない振りをし、ロイは、ぽつりと呟いた。
「…正直、あいつらはどうでもいいんだ。ただ、君の手を無駄に汚したくなかった」
そして、腕に力を込めて抱き寄せる。
「たいっ…」
「君は、私のことだけ守ればいい」
いつのまにかほどけていた髪をすき、言葉を続ける。
「私が、君のことを守るからな」
そこでようやく腕を解き、一歩後ろへ下がり、笑みを含んだ声で言った。
「お互い様だろう?」
「…そう、ですね」
月を背後に携え、軽く微笑んだホークアイは、この世の他のなにものよりも綺麗に見えて。
…ロイは、言葉を失くして立ち尽くした。
「ところで、大佐」
「…あ、あぁ。何だ?」
急に声をかけられ、思わず口ごもる。
「今日は夜勤じゃありませんでしたか?」
「え」
「あと、どうして後ろからついてきていたんですか?」
「あ」
じりっ…と気圧され、ロイは元来た道の方へじりじりと後ずさった。
「す…すまない、じゃあ、また明日っ…」
言うが早いか、脱兎の如き勢いで走り出す。…後ろで、ホークアイが昼間の雑誌を片手に、小さく苦笑を浮かべていることなど知りようもなかった。





(わかった)
走りながら、ロイはにやける口許を隠そうともしなかった。
(後ろ抱き…か…)
大切な人の背中を守るという、満足感にも似た幸せな気持ち。きっと…この気持ちを得るためにあるのだろう。

(『すっごい安心する』)

雑誌の女性のように、ホークアイは想ってくれたのだろうか。
未だ知り得ない、彼女の気持ち。
そんなことを考えながら、ロイは夜の道を駆け抜けた。




----------------------------------------------------------------
BACK