ガラスに映る君





「…夜になると、ガラスに人影が映るな」
「は?」
唐突なロイのせりふに、ホークアイは間の抜けた声をあげた。
「いや、私からは見えなくても、向こうにあるガラスに君の表情が映ってね。よく見えるんだ」
くるり、と回転椅子を回し、ロイは足を組んだ。
「ガラスは透明とは言っても、実際には光の一部を反射している。これは簡単に実験できてな、ガラスの反対側に真っ黒な紙を当てれば、反射光が確認できるんだ。ガラスの場合、数パーセントは反射されている。室内の明るさは昼間でも屋外の十分の一から数百分の一だから、明るさの差はとても大きく、外の風景しか見ることができない。日が傾いて、屋外がだんだん暗くなると、室内のガラスでの反射光が室内の明るさの数分の一であっても、やがて外の風景の方が暗くなって外が見えなくなる、ということだ」
「はぁ」
完全に上の空で書類チェックをしているホークアイを見て、ロイは苦笑した。当たり前だ、今のは聞いていて楽しい話ではない。
「まぁ、つまらないごたくはおいといて、だ」
「書類チェック終わりました。不備があったのはこの四枚です」
「結局私が何を言いたいか、というとだね」
「提出期限は明日の朝です。今夜中に済ませた方がよろしいかと」
「ガラスに映る君を見て、だ…」
「そういえば大佐、この花はどうしたんですか?」
「美しいと思ったんだよ」
「そうですね…花は人の心をも美しくすると言いますし」

「は?」

「え?」

完全に会話が食い違っていたことにお互いここまで気付かなかったのだから、大したものである。
「…何の話だ?」
「書類不備を伝えて…この花はどうしたのですか、と」
つまりホークアイは、ロイの“美しい”を花に対する賛辞と受け取ったらしい。
「あー…その花は、ハボックがデート用に買ったが、結局その日に振られて用無しになった花らしい」
「あら。不敏な花ですね…こんなに綺麗なのに」
小さく微笑みながら花を見つめるホークアイの横顔が、反対側のガラスに映る。
…花よりも、

「…綺麗だ。」

「大佐もそう思いますか?」
「あぁ。」
もう、なんでもよかった。
ただ、自分の気持ちを伝えたというだけで。
「綺麗だな…」
いつまでも見つめていたい、と。
ガラスの中の彼女すら、誰の目にも触れさせたくなくて。
「えぇ、本当に」
…自分だけのものにしたい、と。
ロイは、ただ単純にそう思った。それが、子供じみたわがままだとわかってはいても。
「…綺麗な花を見たら、自分だけのものにしたいと思うのは罪かな?」
「え?さぁ…わがままだとは思いますけど、欲しいと思ったのなら別にいいんじゃないですか?」
「そうか」
くるりと椅子を回し、ロイは後ろを向いた。
「…大佐?」
何か嬉しいことでもあったのだろうか。ガラスに映るロイの顔は、喜色満面だった。

わがままでもいい。

子供でもいい。

…許可は、得た。




----------------------------------------------------------------
2004.4.23


BACK