「結婚行進曲」の続編です。

いつか聞こえた、



 

「ねえ、本当にやめちゃうの?寂しくなるなあ」
「あはは、ありがと。落ち着いたら、その内遊びに来るよ」
同僚の言葉に笑顔で返し、ひらひらと手を振るとは慣れ親しんだ職場を後にした。





「はい。返却日は二週間後よ。忘れないでね」
「うん!」
嬉しそうに頷いた男の子に、もにこりと笑って返す。
「またね、おねーさん!」
「またねー」
バイバイすると、腕がちぎれそうなほど元気に振りかえしてくれた。
さん」
「あ、はい」
振り向くと、直属の上司に当たる女性が休憩から戻ってきていた。手には、空になったのであろう弁当箱が下げられている。
「休憩どうぞ」
「はい、ありがとうございます」
足下に置いていた手荷物を掴むと、は意気揚々と広々とした中庭へと続く扉を押した。うららかな陽射しが眩しい外へと足を踏み出し、足取り軽く歩く。…ここに勤めることを決めた理由の一つが、この中庭なのだ。
「…っんー!今日はここに決定!」
ぐっと腕を伸ばして伸びをすると、木漏れ日のある木陰に腰を下ろして幹に寄りかかる。
(…三ヶ月、か)
結婚式場での仕事を辞め、再就職してからの日にち。それは長くもあり、短くもあった。
「……いただきます。」
ぱん、と行儀よく手をそろえ、ぱかっと弁当箱のふたを開ける。自分で作ったのだから当然中身はわかっているが、それでも開けるときは妙にわくわくする。コンビニ弁当では味わえないこの感覚が、は好きだった。
(…三ヶ月。)
彼に出会い、彼と別れてから。
不思議なことに、こちらの三ヶ月はとてつもなく長く感じた。あれから一年くらい経っている気すらする。
…もう一度会いたいと、そういう想いが自分の中にあるのは確かだった。だが会ったところでどうしたいのかというと、それは分からないのだ。
「…ま、会いたくたって会えないけどさ」
連絡先なんて知らないし。
ヤケ気味にぱくりと口に運んだ卵焼きをうっかり丸飲みし、が慌てて水筒に手を伸ばしたときだった。
「…さん?」
ごく、ん。
唐突に聞こえた声に、はつまりかけた卵焼きをそのまま飲み下した。
「………え、」
まさか、そんな、でも、もしかして。
ゆっくりと振り向いた先には、明るい陽射しの下、三ヶ月ぶりに見る顔があった。
「あ…」
「…お久しぶりですね。お元気そうで、なによりです」
そう言った新一の顔は、優しげに微笑んで…笑って、いた。





「じゃあ、新一くん米花町に住んでたんだ?」
「ええ。この図書館はよく利用するので、今まで会わなかったのが不思議なくらいです」
の側に腰を下ろすと、新一は自分の腕を枕にして横になった。
「…この図書館、中庭がお気に入りなんですよね」
「奇遇ね、私もそうなの。就職を決めた理由の一つでもあるし」
その言葉を聞いて、横になったばかりの新一がゆっくりと身を起こした。
「…そう。なんでさんがここに?結婚式場は辞めたんですか?」
「あー…」
やっぱり、聞かれちゃったか。
うっかり話をそちらに持っていった自分を軽く呪いつつ、箸を広げたナプキンの上に置いた。…新一くんになら、話してもいいかもしれない。
「…私ね、元々司書になりたかったの。大学でちゃんと資格も取ったんだよ」
小さな頃から本が好きで好きで、本に囲まれて過ごしたいと。そんな夢を持っていたにとって、司書はまさに理想の職業だったのだ。
「…でも、その、なんていうか色々あって。うん…ちょっと幸せに飢えてたっていうか…なんか、身近なところで幸せ感じたくなったの」
「幸せ…」
結婚式場。
二人の新しい門出を祝い、将来の幸せを誓う場所。誰もが笑顔で、時折流れる涙はあたたかくて優しい。“幸せ”を感じる場所としては、これ以上ない適所だろう。
「…それ、この前オレにしてくれた話と関係ありますか」
「え…」
「たとえ一番近くにいられなくても、」

『笑っていたらいいな、って。』

「……!」
瞬間言葉に詰まり、は口ごもった。…感づくだろうとは思ったが、まさかそんなに直球で来るとは思わなかったのだ。
「…すみません。不躾でした」
先に切り出したのは新一だった。申し訳なさそうにいう新一に、が慌てて手を振って言う。
「そ、そんなことないって!…ていうか、まだ覚えててくれたんだね。私なんかの言葉」
聞かれた衝撃も大きかったが、そちらに対する喜びも大きかった。ほんの一時、一緒にいただけの、しがない従業員の戯れ言を。
「…支えでした。」
「え?」
ぽつりと呟かれた言葉に、が戸惑ったような声を上げる。
「…支えだったんです、オレの。おかげで今は、」
「…今、は?」
一旦言葉を切ると、新一がにっと笑って続けた。
「蘭の旦那の名前、覚えました」
「……っぷ、あはははは!覚えたんだ!」
予想を越えた新一の台詞に、は吹き出した。そういえば新一は、日本太郎などと言っていた。それを思いだし、また笑みがこぼれる。
「それを、話したかったんですよ」
「…え?」
まだ笑いの波につかまっていたが、浮かんだ涙を拭きながら聞き返す。
「お話したかったんですよ、このこと。この前は一緒に釣りに行ったりしたんです。…オレはもう大丈夫だって、伝えたくて」
とくん。
心臓が、跳ねるようなリズムを刻んだ。…もう、何年も前に無くしたはずの、無くしたと思っていた、リズムを。
「…また、会いたいと思ってたんです。さん、あなたに」
伏せがちだった顔を上げると、新一の瞳に、自分の姿が映っているのが見えた。…いつの間に、彼はこんなに近くに来ていた?
とくんっ。
「あ…」
会いたかった、私も。
紡ぎかけた言葉は、重ねられた唇によって塞がれた。
「…怒りますか?」
イタズラをした後の子供みたいに聞く新一に、は黙って首を振った。
「…あのね、結婚式場を辞めたのは、ここの司書募集を見たから、っていうのもあるんだけど」
あの日、あの時、あの場所で。
新一が吹っ切れたのと同じように、の中でも何かが変わったのだ。
「…自分の幸せ、見つけたくなったの」
新一にもう一度会いたいと、心が叫び始めたのと同じ日に。どうして今まで、気付かなかったのだろう。
「そのお手伝い、させてもらえませんか」
そう言った新一の顔は、きっと笑顔なのだろう。
「…お願い、しようかな」
涙でにじんだ瞳のせいで、その顔が見られなかったのは残念だったけれど。
「喜んで」
…忘れかけていた音楽が、今、確かに流れ始めた。





「あー!久しぶりじゃん、遊びに来てくれたの?」
「ばぁーか。仕事、持ってきてあげたのよ」
腕を絡め、横を歩く彼の人は。
が、以前お世話になっていたんですよね。こちらで式を挙げさせていただくことにしましたので、よろしくお願いします」
「……え?」




恋人から夫婦へとなった二人を祝福する、甘く優しいメロディー。そう、それは。

…いつか聞こえた、愛の歌。




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「結婚行進曲」の続編です。新一君の年齢設定は25歳なので、高校生の頃よりちょっと積極的です。笑。年上設定の話で続きを書けて良かったです!割と満足できる出来になりました。昼休みのとりすぎであとで怒られると思いますが(笑)素敵リクエストありがとうございましたvv

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