真夏の夜の夢





「ひた…ひた…やがてその足音は部屋の前で止まり…私が『誰かいるのか?』と声をかけるとそこには…!」
「そ…そこには…?」
「大佐っ!!」

『ぎゃ――――――――!!!』

真っ暗だった部屋に明かりが灯ると、ホークアイを除いた男性陣が真っ青な顔をして座り込んでいた。
「ちゅっ…ちゅっ…中尉!いきなり大きな声を出しては…!」
「そ、そうですよ!心臓が止まるかと…」
「…で、あなた方は勤務時間中に何をしていらっしゃるんですか?」
『う』
たちまち沈黙した彼等を見て、ホークアイは溜め息をついた。
「…大佐。何をしていらっしゃったんですか?」
名指しで呼ばれ、ロイは仕方なく白状し始めた。
「その…なんだ、夜勤というのは眠気を誘ってだな…ちょっと息抜きに、怖い話でも、と…」
かくかくかく、と壊れた人形のように他の面々も慌てて首を縦に振る。さぼってなんかいないんです、ちょっと休憩してただけなんです、という必死のアピールだ。
「…そうですか。では、続きをどうぞ」
「へ?」
言うが早いか、ぱちん、とスイッチを押し、ホークアイは再び部屋の電気を落とした。
「い…いいんですか?」
おずおずとフュリーが聞く。他の者も、皆同じような心境だろう。
「ええ。まぁ息抜きも必要でしょうし。それに、この話が終わったらすぐ勤務に戻ってもらいますが」
『…はい』
(待てよ…これはチャンスじゃないか?ここで私がとびっきり怖い話をして中尉をビビらせれば、今後夜遅く帰るときに『大佐…送っていってくれませんか?怖くて…』なんてうっはうはの展開があるかもしれない…!)
「…あのー、大佐」
一人あらぬ想像をしていたロイに、ハボックがひっそりと耳打ちしてきた。
「大体何考えてんのか想像ついちゃう俺が嫌なんスけどね、それ、有り得ないっスから」
「…だよな。」
がっかりしたように呟いているロイを見て、ハボックも肩を落とす。どうやら自分の想像は、悲しくも当たっていたらしい。
「でもまぁ、せっかくだからな…気合いいれたの行くぞ。よし、『踊るかつおぶし』の話をしてやろう」
「…そりゃ熱いものの上にかければ踊りますよ」
「ええい、そんな甘い話ではない!これはな、ある貧乏な一家が苦労して手にいれた旬の鰹から始まり…」
そこまで言ったときだった。

ひたり。

ひたり。

『………』

一気に、場が静かになる。
「た、た、大佐、今、廊下から足音が…!」
言いながら、入り口にほど近いところに座っていたフュリーがさささっと移動してくる。ふと見ると、ファルマンもブレダもハボックも自分の後ろに隠れていたり、袖を掴んだりしていた。
「〜〜ええい、なんなんだお前達は!放せ、私は中尉を守りに行く!」
「大佐、お静かに」
ホークアイの声が心なしか緊張している。…いや、実際に緊張しているのかもしれない。暗くていまいち分からないが、影から察するに、ホークアイはドアの横に身を寄せて銃を構えているようだった。
「襲撃かもしれません。下がっていてください」
「そんなわけには…!」

ひたり。

ひたり。

…ひた。

…やがてその足音は、執務室の前で止まった。
『………!』
一同の間に、ぴりっとした緊張の糸が走る。ロイは、発火布をぎゅっ、と構え直した。

かり

かり

かり

続いて聞こえてきたのは、ドアを爪かなにかでひっかくような音。つまり、実体はあるという事だ。当たり前だが。
「もしかして…」
ホークアイが小さく呟いた、その時。

「クゥーン…」

聞こえてきたのは、襲撃者の銃撃音でも呪祖の言葉でもなく、獣の鳴き声だった。
「やっぱり!」
ばんっ、と扉をあけ、同時に明かりもつける。
「わん、わんっ!」
「ブラックハヤテ号!」
ホークアイはそう言って、そこにいた犬を抱き締めた。
「な、なんだ、犬かよ…」
一同気の抜けた声で呟く。やわらかな肉球は、静かな屋内では意外と音を立ててしまうらしかった。
「申し訳ありません、大佐」
「いや、気にするな。しかし冷めてしまったな…仕方ない、皆仕事に戻るか」
そこまで言ってから、ロイは妙な違和感に眉をひそめた。
「…ブレダ少尉はどこへ行った?いつもなら大騒ぎしているはずだが」
「あれ?そういえば…」
一同がきょろきょろしていると、廊下の方から鼻唄が聞こえた。
「ちぃーっす。遅くなりやした」
ひょっこりと顔を覗かせたのは、そのブレダだった。
「は?遅く…って、お前今までここにいただろう?」
「へ?俺、今日は遅番なんで、今来たとこですよ」
言ってから、ホークアイが抱いているブラックハヤテ号を見てわっ、と悲鳴をあげている。
「……じゃあ今までいたブレダ少尉は…?」




『うわ――――――――っ!!!』




----------------------------------------------------------------
2004.4.25


BACK