「喧嘩?」 「はい、街の外れの方なんスけど。んなことで連絡来るのも珍しいっスね」 言って、ハボックはどうします?と聞いてきた。ロイが席を外している今、この場での上官はホークアイだ。 「…そうね」 ちらり、と周りを見やる。皆、自分の仕事に追われて精一杯なのはすぐ分かった。 「じゃあ、ハボック少尉。ついてきてもらえる?私も行くから」 「え、中尉も行くんスか?俺一人でも…」 異議を唱えようとしたハボックを手で制し、ホークアイは上着をとった。 「行くわよ」 おかしなことはたくさんあった。酒場や博打場ならともかく、何故町外れで喧嘩なのか。また、その程度のことでどうして通報があったのか。 (…考えが足りなかったわね…) 現場に着いてから、ようやくホークアイはその事に気付いた。ハボックも同様である。 「えーと…中尉、これはもしかして…つかもしかしなくても…」 「ええ。罠ね」 きっぱりと言いきったホークアイの言葉に、肩を落とす。周りは、武装した男たちにぐるりと取り囲まれていた。逃げる隙はない。 「ちっ…やっぱりこの程度じゃあ大佐殿は来ねぇか…」 リーダーらしき男が、溜め息と共に呟く。 「大佐に何の用ですか」 銃口をその男の額にぴたりと合わせ、ホークアイは聞いた。内容によっては、今ここで殺すのはまずい。仲間が計画を遂行する可能性があるからだ。 「そうだな…それじゃあ」 ホークアイの問掛けは完全に無視し、男は周りに向かって言った。 「男は殺せ。女は捕えろ!」 『なっ…』 一斉に飛びかかってきた男たちを見て、思わず声をあげる。 (ハボック少尉は…一人でも十分戦えるわね) そう判断し、ホークアイは地を蹴った。 「二手に分かれるわよ!あと、最低一人は殺さずに捕まえておくこと!」 「なっ、ちょっ…待って下さいよ中尉!」 『殺す』対象にされている自分は、ただ襲い来る男たちを倒せばいい。だが、ホークアイは『捕まる』対象にされているのだ。どんな手を使われるかわかったものではない。 「あーもう…!」 (中尉に何かあったら大佐に殺されるのは俺なんスよ…!) ハボックは流れてくる嫌な汗をぬぐい、急いでホークアイの後を追った。 (何…?何かがおかしい) 人の気配は絶えず追ってくる。だが、攻撃がおざなりなのだ。本気で殺すつもりがないのは明白だ。 (私を捕えると言っていた…それにしても、何も仕掛けてこないのは何故…?) いくつめになるのかわからない角を曲がったところで、ホークアイは足を止めた。追手の気配が完全に消えたのだ。 「一体、な…」 「かかったぁ!!」 「!?」 突如足元から聞こえた声に、全身をこわばらせる。地下の気配まで感知することができなかったのだ。 ばしぃっ!! 「なっ…」 ほとばしるのは、錬金術による電流。自分の足元にあったのは、錬成陣。 (不覚っ…!) …次の瞬間には、ホークアイは檻の中に閉じ込められていた。 「…錬金術師…!!」 追い付いたハボックは、とっさに壁に背を張り付けた。 (雑魚風情だと侮るべきじゃなかったな) 軽く舌打ちをし、踵を返す。 ――連絡を取るべき人物は、決まっていた。 「…あなた達、目的は何?」 連れ込まれた廃屋で。 ホークアイは、冷静に問掛けた。今優先すべきは、状況判断だ。 「あァ?てめぇにゃ用はねぇよ。俺達が用があるのは大佐殿だ」 「大佐…」 きっ、と視線を鋭くする。大佐。それは即ち「ロイ・マスタング」…彼のことに他ならない。 「彼に何の用ですか?内容によっては容赦しません」 「へぇ。どう容赦しないってんだ、えぇ?」 「…!!」 ぐぃっ、とあごを捕まれ、上を向かせられる。捕えられたホークアイは、建物内部の柱に縛りつけられていた。 「俺達はな、仲間をみんなあの大佐殿に捕まえられたんだよ」 手を放し、男はホークアイに語り出した。 「それは逆恨みだわ。大佐を恨むのはお門違いでしょう?」 こいつらはどう見ても善人ではない。となれば、ロイは任務を遂行したに過ぎないのだろう。 「…おい、その女、綺麗な顔してるよな」 後ろから声をかけてきた男は、下卑た笑みを浮かべていた。 「なぁ、大将、その女よォ…」 声はそこで途切れた。 ズドオォォオォン!! …建物全体を、大きな揺れが襲った。 『なっ…!!』 一斉に声をあげ、男たちが慌て出す。だが、ホークアイには何が起きたか分かっていた。窓の外に微かに見えた、あの紅い焔は。 ズドオォンッ!! 再び爆発音。 「おいっ、錬金術師!てめぇ、ここの入り口はちゃんと塞いだんだろうな!?」 「塞いだ!だから心配はな…」 ずがあぁぁんっ!! 三度目の爆発音は、先ほどとは違い、何かの破壊音を含んでいた。 …暗闇に光が射す。 「いっ…入り口が吹っ飛ばされた…!?」 光を背に佇んでいる人影は、逆光のせいで表情をうかがうことはできない。 「てめっ…誰だ!!」 ドォオンッ!! 声をあげた男を、焔が包み込む。悲鳴をあげる間もなく、男は消し炭になった。次々と人型の焔が上がる中、ホークアイは全身に戦慄が走るのを感じた。 (…怒ってる…?) その恐怖から、声をあげることもままならない。やがて、廃屋の中に静寂がやってきた。…立っているのは、扉から入ってきた人物のみ。ホークアイは、未だ柱に縛りつけられたままだった。 「た…大佐…?」 ずかずかと歩いてくる人物におそるおそる声をかけるが、返事はなかった。 ざんっ! 縛られていた縄をナイフで切り裂くと、その人物――ロイは、すたすたと歩き始めた。 「大佐!」 慌てて後を追い、その後ろ姿に頭を下げた。 「…どうもありがとうございました!!」 ロイは、その言葉を聞いて足を止めた。 「…君は」 初めて。 ロイが、言葉を発した。 「…君は、もう少し…自分の存在の大きさ、というものを考えたまえ」 「え…」 そのままロイは、一度も振り返らずに歩き去った。 「大佐…?」 その表情は、隠されていて…ホークアイは見ることができなかったけれど。 「…はい」 その後を、小走りで追っていった。 「…ハボック少尉」 「へい」 例の事件の翌日。ハボックは、廊下でロイに話しかけられた。 「…昨日、何もやましいことはなかっただろうね?」 「へっ?」 昨日。つまり、ホークアイと二人で出かけたことを意味しているのだろう。 「ないっスよ。それに中尉のピンチに駆けつける、っていうおいしい展開だったじゃないっスか」 「…ふむ、そうか…おいしい展開か…」 昨日は、ホークアイの危険に血が昇り、冷静な判断ができなかったが…確かにおいしい。 「ふっふっふ。これで中尉も、私を無能とは呼ばないだろう」 ふはははは、と笑いながら去っていくロイを見て、ハボックはぽそりと呟いた。 「…雨の日は無能ッスよ…」 と。 ---------------------------------------------------------------- 2004.3.25 BACK |