――――…カタン。

「………!」

引き出しの最奥から顔を出したそれに、新一はしばし言葉を失った。
…それは、遠い遠い、いつかの記憶。








「…久しぶりだな、コナン。」
“それ”…黒ぶちの眼鏡を取り出し、新一は小さく笑みを浮かべて呟いた。引き出しの整理をしている最中に、奥から顔を出した眼鏡。コナンから新一に戻った当時、目に付く場所に置くのが嫌で放り込んだのだ。
「新一?何かあったの?」
同じく整理を手伝っていた蘭が、後ろからひょっこりと顔を出す。慌ててしまおうとするも、気付いた時には既に蘭の手に渡っていた。
「ちょ、おい……!」
「…これ、新一の?」
不思議そうにそれを眺めていた蘭が、ふと顔を上げて言う。その瞳に映った不思議な色に、新一は瞬間たじろいだ。
「あ、いや…おやじのだよ。置いてったみてーだ」
「……ふーん、そっか。」
ふっ、と気の抜けたような笑みを浮かべた蘭に、新一はほっと息をついた。が、次の瞬間再び固まる。
「コナン君を思い出したの」
「えっ……」
だが、そんな新一に気付くことはなく、蘭はその眼鏡を光に透かして片目を瞑った。
「ね、今どうしてるだろうね、コナン君。…弟が出来たみたいで、楽しかったなぁ」
「…そうだな、どうしてるんだろうな。まぁ楽しくやってるんじゃねーか?」
「うん、そうだね…」
海外で暮らすことになったといって、突然姿をくらませた少年。蘭が寂しがるのも無理はない。その後の消息はまったくつかめなくなっているのだ。…当然だ、今、自分はここにいるのだから。
「あのねー、新一」
急にいたずらっぽい声を出した蘭に、新一が意識を引き戻す。眼鏡を机の上に戻すと、蘭はくすくすと笑いながら言った。

「コナン君、私のことが好きだったみたい」

「…………え、」
…ふいに視界が、白くなる。何も映らない。何も聞こえない。…目の前でひらひらと手を振られ、ようやく新一は我に帰った。
「ふふ、やっぱり。びっくりしたんでしょ?」
「あ、あぁ…」
オメーが言ってるのとは、違う意味でだけどな。
心の中で呟きながら、蘭の次の言葉を待つ。ドクンドクンと、妙なテンポで心臓が鼓動を刻む。
「あの子ね、私が危ないときとか、本当に命がけで守ってくれたの。…小学生とは思えないくらい、かっこよかったのよ。ちょっとからかうと真っ赤になったりして、そんなところは可愛くて…。私のことを大切に思ってくれてるんだな、って。…小学生相手に、おかしいかなぁ?」
ちょっとはにかんだような笑みを浮かべた蘭に、新一は苦笑した。…なんだ、何も隠すことはないじゃないか。結局全部、見抜かれていたんだ。
「…好きだったんだよ」
「え?」
とん、と机の端に手を置いて、新一はぽつりと言った。小さく、けれどはっきりと。
「きっとそのボウズ、蘭のことが好きだったんだよ」
だから、そんなに必死になれたんだ。
「…そっかぁ。そうかなぁ…だったら、嬉しいなぁ…」
本当に嬉しそうに言って、満面の笑みを浮かべる。…そう、オレは、今も昔も、ただただこれを守りたかったんだ。笑っていて欲しい。大好きな君には、いつだって笑っていて欲しい。悲しい顔なんか、させたくない。
(……あの頃は)
それが、できなかったけれど。
「まぁ、オレの留守を守ってくれた礼は言うが……今は、オレのもんだからな?ボウズにはやらねーぞ」
そう言って、笑顔の蘭を抱きしめる。
「…ばか、何言ってんのよ…!」
恥ずかしがる彼女を、ただ黙って抱きしめた。強く強く、もう二度と離れることのないように。決して、悲しい顔をさせることがないように。
…机の上に、所在なさげに置かれた眼鏡をチラリと見やる。忘れたい過去。そう思ったときもあったけれど、今では大切な過去だ。“江戸川コナン”なしに、今の自分は存在しない。
過去には囚われず、けれど決して忘れることはなく。
空いた右手で、それを掴み上げ、足元にあったゴミ箱へと放り投げる。

カシャン。

「…さんきゅ。」
君のおかげで、今のオレがいる。
「何?何か言った、新一?」
顔を上げて聞いてきた蘭に、笑顔のまま首を振る。
「なんでもねーよ。さーて、片付け再開するか!」
「うん!」








…それは、遠い遠い記憶。
大切な、決して忘れることのない、あたたかな記憶。




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2005.4.11


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