キュルルルルルルル
今日何度目かの早送りをして、MDウォークマンのリモコンから手を離す。…この曲は、この部分の主旋律が好きだ。ゆるやかに流れる曲に身をゆだね、目を瞑る。
そうすることで、瞼の裏で木漏れ日を感じることができた。
ゆらゆらと、腰掛けた枝から下ろした足を不安定なリズムで揺らす。大樹の上からは、下の木陰で昼寝をしている少年がよく見えた。
(…工藤、くん)
傍らには、栞の挟まれていない推理小説。
が上ってからここに来たから、まださほど時間はたっていない。残りわずかだったのだろう。どうやら、読み終わって満足したらしかった。…昼休みは、誰にでも平等に穏やかな時間を与えてくれる。
再び早送りをしようとリモコンに手を伸ばして、ふと手を止めた。
(こんな風に…)
MDを、早送りするみたいに。
(…言えない気持ちを早送りして、今すぐ“好き”って伝えられたらいいのに)
今、見下ろされていることも、いつも見つめていることも。きっと、気付いてはもらえない。まだ、曲は再生すらされていない。
「…ふぅ」
視線を上へ飛ばし、梢の隙間から空を見上げる。太い幹に背中を預け、再び目を閉じて音に身をゆだねようとしたときだった。
「…なに、聞いてんだ?」
ふいに右耳のイヤホンが引っ張って外され、人の声が飛び込んできた。
「え…」
「ずっと聴いてただろ?」
…先ほどまでは誰もいなかった、隣の枝に彼はいた。
から外したイヤホンを、耳に入れながら。
「…カノン?」
「あ…、うん」
当たり前のように続く会話に、は少々面食らっていた。それでも、心臓は早打ちすることを忘れない。
「音楽は苦手なんだけど、これは知ってる。…眠くなる曲だよな」
「えー?」
新一の感想に、くすくすと笑いをこぼす。彼にとっては、すべての音楽がそれに値するのではないだろうか。サンバでも聴いてたら、どんな反応を返しただろう。
「…いつから、気付いてたの?」
が疑問を口にすると、新一はなんでもないように返した。
「来たときから」
「え……」
「足、見えてたからな」
ぶらぶらと、なんとはなしに揺らしていた足。見られていたのかと思うと、なんとはなしに気恥ずかしくなった。
「…そっか」
「読みかけだった小説読み終わって、一息ついて。が声かけてこねーから、上ってきた」
新一がの手元にあるリモコンに手を伸ばし、一曲戻すボタンを押した。ピピッと音がした後、カノンが再び頭から流れ始める。
「…本読んでるの邪魔しちゃ悪いし、寝てるのに起こすのもどうかと思って」
後付けの理由だ。…本当は、声をかけられなかっただけなのだ。…気付かれていたなんて、思いもしなかった。
「そっか。…サンキュ」
「え…あ、どういたしまして…」
思いがけない新一の言葉に、我ながら間抜けな返事をしたと思う。だが、新一は笑わなかった。そのまま、がさっきしたのと同じように、ゆっくりと目を瞑る。
「やっぱ眠くなるな…」
「…ふふっ」
半分ずつのイヤホンから、同じ曲が流れている。日差しは梢に遮られ、やわらかな光となって降ってきた。
…緩やかに流れる時間が、心地良い。
(なんか…)
「こういうのって、いいな」
思ったままのセリフが横から聞こえ、は一瞬目を丸くした。
「…うん、そうだね」
そしてすぐに、微笑を浮かべて言葉を返す。

早送りなんてしなくても、ゆっくりと、着実に。
焦らず、メロディーを奏でていけばいい。


…二人の曲が流れ始めるのは、もう少し先の話。




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2005.4.27


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