きっとわかるはずだと、淡い期待を抱きつつ。
さすがにそこまではわからないだろうと、常識的な考えもある。

「いってきます」

念入りに鏡をチェックしてから、ふわりと髪をなびかせて。
蘭は、陽光の中へと駆け出していった。





「おはよう、蘭!」
「おはよう、園子」
教室に入ると、すぐにたたたっ、と園子が駆け寄ってきた。そして、すぐに変化に気付いたらしい。
「あれ?蘭、ひょっとして…」
「しぃーっ、しぃーっ!!」
慌てて園子の口をふさぎ、周りを見渡す。今日はわざと時間を遅らせて、新一とは別に来た。既に自分の席で、難しい顔をして本を読んでいる。
(…あーらなに?旦那の愛を試すってわけね?)
こそこそと耳打ちしてきた園子に、かあっと頬を高潮させて同じく小さく答える。
(そ、そんなんじゃないわよ!ただ…あ、あいつの探偵としての腕を試してやろうかなーって…)
(はいはい、言ってなさいよ。私ゃ席に戻ってるわ)
言って、ひらひらと手を振って席に戻っていく。応援しているつもりらしい。
「…よし。」
意を決して、さりげなく新一の隣に座る。ちょっと覗き込むようにして、いつもどおりに声をかけた。
「おはよう、新一」
「ん」
相変わらず、目線は上げない。いつものことだと割り切ってしまえばそれまでだが、今日はちょっと不満だった。
「ねぇ新一!」
さりげなく、限りなくさりげなく。頬にかかった髪をかきあげつつ、蘭はもう一度声をかけた。
「んだよ?」
「今日の数学、新一から当たるわよ。やってきた?」
「やってきたよ…」
ここでようやく目線を上げる。ぱち、と目が合って、蘭はなんとはなしに気恥ずかしくなり目を逸らした。
「…そう。なら、いいんだけど。それだけ、じゃあね」
そう言って、自分の席へ戻ろうと腰を浮かせたときだった。
「…あのなー、蘭」
「え?」
去り際に掛けられた声に、慌てて振り返る。すると、新一がジト目でこちらを見ていた。
「なめんなよ。そんなん、探偵以前の問題だ」
「そんなの、って…」
す、と伸ばされた新一の手が、蘭の髪をそっとつかむ。
…髪には、神経は通っていないはずなのに。
新一の指先に触れた髪から、熱を帯びてくるような錯覚に陥る。
「…シャンプー、変えたんだろ?」
する…と手を離れた髪を指さし、新一がなんでもないように言う。蘭はしばし硬直していたが、そこでようやくはたと我に返った。
「え、あ…うん。」
「いちいちアピールなんかしなくても、付き合い長いんだからよ。そんくらいわかるっつの」
そう言うと、新一は再び本へと視線を戻した。その頬が、ほんの僅かだが、朱に染まっていることに蘭は気付かなかった。
「蘭、蘭」
園子に呼ばれ、そちらのほうへと小走りに向かう。それを見送ってから、新一はほっと息をついた。
(…ったく)
付き合いが長いとか、その程度の問題じゃない。…だって、自分は。
「いつも蘭のこと、よく見てるってことね」
新一には聞こえない程度の声量で、園子がにやりとして言った。
「え…」
「女の子同士ならともかく、普通の男は気付かないよー?シャンプー変えた、なんてさ。新一くん、いつも蘭のこと気にしてるってことだよ」
シャンプーを変えるだなんて、本当に些細な変化。園子だから気付いたものの、他の級友が気付くとは思えない。…きっとわかるはずだと、淡い期待を抱いていた自分に赤面した。新一が、自分の事を見てくれていると。…本当は、わかっていたのではないだろうか。自覚もないままに。
「まーったく、妬けるったらないわ。あーあ、私だって京極さんとそんな恋の駆け引きしたいのに…」
「こ、恋!?そんなんじゃないわよ!」
「はーいはーい、そんなんじゃないわね。ラブね」
「園子!!」
後ろでぎゃあぎゃあやり始めた二人を見て、新一は苦笑した。…ちょっとしたことに変化を見出している、シャンプーを変えただけでここまではしゃぐことができる。…そんな彼女が、可愛くて仕方ない。
(これからも)
どんな些細な変化も、見逃さぬよう。


君の一番近くで、君を見ていよう。




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2005.5.5


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