「たーいさー」 えらく間の抜けた声がロイを呼び、その声に呼応してロイは足をとめた。 「…なんだ、ハボック」 振り返ると、やけににやにやしたハボックと視線が合った。ここは軍内部の廊下だ。何も喜ぶようなことはない。 「…気色が悪い」 率直な意見を述べると、ハボックは心外そうに言った。 「え?失礼だなあ。ほら大佐、外見てくださいよ、外」 窓を見るよう視線で促し、ハボックはさらに笑みを深くした。 (…なんだ?) つい、と視線を窓の外に向け、…そこでロイは固まった。 「いや〜、まさかこんな日にねぇ…確か、これから例の通り魔の逮捕に行くんスよね?」 ぎぎぃっ、と機械的な動きで顔をハボックの方に向けると、ロイは無理矢理余裕の表情をつくった。 「…だから、なんだと言うんだ?」 「だって大佐、雨の日は無の…」 「あぁぁあぁああっ!!」 突然すごい音量で叫び、ロイは肩で息をした。 「…何か、勘違いを、して…いないか」 唖然としているハボックを横目に、ロイは言葉を続けた。 「なにも私は、焔しかないわけではない。錬金術が使えなかったら無の…いや、有能でないというのは浅薄だ。銃も使えるし、頭脳も明晰だ。侮られては困るな」 「でも銃なら中尉のが巧いっスよ」 「う」 あっさり切り返してきたハボックの言葉も、真実なので言い返すことができない。 「まぁとりあえず、早く行った方がいいんじゃないスか?敵さん、逃げちゃいますよ」 「誰のせいだ!!」 銀時計を見て、ロイは慌てて廊下を走り出した。 「…いや、面目ない…」 通り魔が移送されていき、現場の後処理の最中に。ロイは、うなだれてホークアイに謝罪した。 「いえ。いつも使われているのですから、とっさに今の天候を忘れられても仕方ないかと」 結局ロイは、スカーの一件の時と同じく、焔を出し損ねてホークアイに助けられていた。 (くそ、ハボックに知られたらまたなんて言われるか…) すっかり意気消沈して沈んでいたロイは、ホークアイのあげた一言によってようやく顔を上げた。 「大佐」 「ん?」 「…空を」 見てください、と小さくホークアイが続けたときには、ロイは“それ”を見付けていた。 「…虹、だな」 「ええ」 まだ雨雲が残る中、その虹は確かな存在感で空に在った。 「…綺麗だな」 暫しロイが見とれていると、ホークアイがくるりとロイの方を見て言った。 「…雨も、捨てたものではないでしょう?」 「…あぁ、そうだな」 言って、小さく微笑む。 ロイ・マスタング。 焔の二つ名を持つ、国家錬金術師。 ほんの少しだけ、雨が好きになれた日――……… ---------------------------------------------------------------- 2004.4.17 BACK |