雨が、降っていた。











「止めい!」
厳しい声に見やれば、…名を何と言ったか。思い出すも何も、自分は彼の名を知らないことに気付く。
「刀を下ろせ」
(……?何だ?)
何を望まれている?
激しい口調から、何か責められているか、命令されているか…そうは思っても、肝心の内容がわからない。
…わからない、が。
(敵意…?いや…)

殺気。

その言葉に辿りつくのが早かったか、突然の打ち込みが早かったか。
「!」
考えるより先に、体が反応する。だが、大きく振りきられた木刀はあっさりとかわされ、次いで打ち込まれ衝撃が走る。オールグレンは、叩き落とされた木刀をすぐさま拾い上げ…再び構え直した。
(妙な構えだ…)
片手で構えるその様は、滑稽ですらあった。全く日本の剣術を理解しておらず、流れを読み取ることなど無論できていない。
…が、闘志はあるようだ。
自分に向けられた切っ先にもなんら怯むこと無く、一気に攻めたて打ち据え、地面へと這わせる。倒れ咳き込み、これまでかと思ったとき。
…オールグレンが、ふらつきながらもゆらりと立ち上がった。
(…なんなんだ、この蛮人は)
なんとか打ち合ってはいるものの、まるで氏尾の相手にはなっていない。足を攻め、再び地面へと這わせる。滝のように降り続ける雨のせいで、地面は既に軽い沼状態だ。しつこく起き上がろうとしたオールグレンの背へ、追い討ちをかけるように木刀を振り下ろす。
(…もう、いいだろう。)
…起き上がる力は残っていないはずだ。…だが、容赦のない打ち込みに身体中が痛んでいるに違いないのに、その手は木刀を握り締めて離そうとはせず、あまつさえ氏尾へとしつこく喰らい付いてきた。もはや、木刀を持ち上げる力すら残っていないようではあったが。
「…っ」
(きりが、ない…)
離そうとしない木刀を、オールグレンの手から無理矢理奪い取って飛源へと投げ渡す。

ばちゃあっ。

…その勢いでぬかるんだ地面にひれ伏し、オールグレンはとうとう動きがとれなくなった。
「っはぁ…はぁ…。」
横たわった姿を一瞥し、荒い息遣いを背後に聞きながらその場を後にした。





姿が見えなくなるほどの距離まで来てから、後ろから侍の一人が氏尾に声をかけた。
「…氏尾さん、あの蛮人、おもしろいですね」
「何がだ?」
「…氏尾さんも、骨があるヤツだと思ったんでしょう?」
その言葉に足を止め、じろりと睨みつけて言い捨てる。
「…ふん、生ぬるいわ。小賢しい」
全く、小賢しいにもほどがある。何を考えて、あそこまでしつこく食い下がってきたのか。木刀を手放そうとしなかったのか。
「殿がこれを知ったら、指南するよう言われるかも知れませんよ」
あの蛮人が剣術に興味があると知ったら、殿は本気でそう言いかねない。
「…その折りには、二度と木刀を握りたくないと思わせてやろう」
…見たくもない、と言わしめる程に。





鍛練の場でオールグレンを見付け、
…本当に指南をすることになるのは、それから数日後のことである。




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2004.6.7



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