「…気が、滅入るな」 書類をめくる手を止め、ロイがぽつりと呟く。部屋の中には自分しかおらず、その独り言は静かに響いて溶け消えた。 キィ…と軋んだ音をたて、椅子を回転させて窓の外を見やる。暗い空からは、先ほど見たときと寸分違わず雨が降り続けていた。いや、むしろ雨足が強くなったかもしれない。 (……全く、よく降る) 静かに椅子から立ち上がると、窓にそっと手を添えた。 …外が暗いせいで、窓には室内の様子がよく映っている。そこで初めて、ロイは入り口にホークアイが立っていることに気がついた。 「…驚いたな。いつからいたんだい?」 苦笑しながら振り返ると、ホークアイは「たった今です」と小さく返して後ろ手に扉を閉めた。 「…そうか。また、新しい書類かな?」 両手を上げ、おどけた口調でロイが言う。仕事がはかどっていないのは、一目瞭然だ。一言二言の小言を覚悟していると、ホークアイはなにも言わずにつかつかとロイの前までやってきた。 「? 中…」 「…たまには、こんなものを作ってみても、」 なにやら言いにくそうに、だが確固とした意志を持ってホークアイが何かを差し出してきた。 「白い…布?」 それに、糸。 これで雑巾でも作れというのかと、ロイがもの言いたげにホークアイを見やる。すると、ホークアイが小さく言葉を続けた。 「……る、坊主」 「え?」 「てるてる、坊主を。少しでも気が晴れるよう、作られては、と…」 それだけ言うと、机の上へ放り投げるようにそれを置いて「失礼しました」と言って出ていってしまった。 「……おい、中尉…」 唖然としたロイがようやく言葉を発したときには、ホークアイの姿は見えなくなっていた。残されたのは、布と糸。 「……ん?」 布の中に形ある物体を認め、ロイがなんとはなしにつまみ上げる。 「! これは…」 まん丸とはいえない頭、くしゃくしゃと裾広がりになっている胴体。笑っているのか怒っているのか、なんともいえない複雑な表情をしている、それは。 「…っぷ、中尉お手製か」 忙しい仕事の合間に作ってくれたのだろう、少々不格好なそれが、どうしようもなく愛しく思えてきた。 「どれどれ。えーと、まずは…」 先ほどの憂えた気持ちはどこへやら、ロイは鼻歌を歌いながら白い布に手を伸ばした。 「…大佐、」 「ん?なんだい?」 「………いいえ」 ふたつ、寄り添うように並べられたてるてる坊主を見て、ホークアイが何かを言いかけてやめる。 (…まあ、いいわ) いつもなら何事かを言ってすぐに取り下げるところだが、見逃すことにする。これでほんの少しでも、雨の日が鬱でなくなれば。 …雨の日は、あなたに対してちょっとだけ優しくなれる日。 ---------------------------------------------------------------- 2005.6.28 BACK |