「……まずい」 腕時計が示している時刻を見て、白馬が小さく呟く。 「坊ちゃま?どうなされました?」 「…この機体の到着時刻は、何時だったか」 「成田空港上空が混雑しているということで、遅れると放送がありましたが」 「くそ…」 混雑って、高速道路じゃないんだから飛行機が渋滞と言うこともあるまいに。 そんなことを言ってもどうにもならないことは百も承知である。単なる八つ当たりだ。元々が機械に故障が出たの他の便の発着がどうので遅れた上にこれだ。このままでは空港に着くのは0時前後、いやかなりの確実で0時を回ってしまう。 「何か、お約束でも御座いましたか?」 「ああ…いや、どうにもならないのだから仕方ないが…」 飛行機の中からでは、携帯で連絡を取ることも出来ない。つまり、連絡手段がない。白馬はため息をつき、窓の外の景色を見やった。真っ暗で何も見えないが、恐らく眼下には暗い海が広がっているはずだ。 (さん……) “空港に着いたら、連絡してくださいね” ギリギリでも、お祝いしたいですから。 そう言って、にこりと微笑んだ顔が、脳裏に浮かぶ。 …そう。 今日は、自分の誕生日だった。 それを知っているが、祝ってくれると言って送り出してくれたのが一週間前。帰国がぎりぎりになることは伝えていたが、バタバタとしていて搭乗前に結局連絡が出来なかった。ニュースでも遅延は放送しているだろうから、連絡がつかなくても不安になることはないだろうが。 (正直、自分自身ではどうでもいいんだ) 誕生日を楽しみにする年齢は、とうに過ぎた。それでも、祝ってくれるという人がいるのなら。 …それは、自分にとっても、特別な日になる。 (それなのに。) その約束を、果たすことができない。 「…………ごめん」 小さく呟き、白馬は電源の入っていない携帯を握り締めた。 Attention Please. 「…0時6分32秒49……」 飛行機を降り、携帯の電源を入れながら、腕時計を見やる。…やはり、間に合わなかった。 「坊ちゃま、お荷物の方を」 「ああ、頼む。僕はこれから少し、電話をするから…先に出ているよ」 「かしこまりました」 新着メールの問い合わせをすると、何件か受信が始まる。…だが、予想していたフォルダに新着メールの知らせはなかった。 (……?) 電話をしてみようか。 短縮0番を押して、電話を耳にあて、顔を上げた瞬間。 「アテンション・プリーズ。…探くん、お誕生日おめでとう。」 …目の前に、電話の相手が、いた。 「……え?」 ゆっくりと、携帯を持った手を下ろす。 相変わらず呼び出し音は続いていて、その目の前の相手が、携帯を取り出し、「もしもし」とおどけたような声で電話に出た。 「…さん?一体、どうして、」 目の前に相手がいるのに。 何故自分は、携帯相手に話しているのだろう。 「テレビで、遅延を知って。きっと間に合わないだろうな、でももしかしたら間に合うかな、って。空港にいるほうが、確実かなって思ったんです」 やっぱりも、携帯に向かって言った。 ダブルサウンドで聞こえる声に、じわじわと状況を飲み込んだ脳がついてくる。 「……っ、危ないじゃないですか!こんな時間に、一人で!」 「怒ってますか?」 ぐ、と詰まる。怒っているかいないかと言われたら、確かに怒っている。こんな時間に女性が一人でいることを。…だが、それよりも勝っている感情が、ある。 「ありがとう、ございます。嬉しいです………」 携帯の終話ボタンを押して、鞄に突っ込んで。 空いた両手で、白馬はを強く抱きしめた。 「嬉しいです……」 「…お帰り、探くん。」 くすぐったそうに、はにかみながらそう言って、もそっと白馬の背に手を回した。 アテンション・プリーズ。 大好きなあなたに、お知らせです。 …お誕生日、おめでとう。 ---------------------------------------------------------------- BACK |