年に一度の、この日だけは。 決して誰にも邪魔はさせまいと、固く心に誓っていたのに。 『8月28日、23時50分に―――』 「…ああ、そうか。君はどこまでも、邪魔をすると言うんだね?」 いつもは暗号だのなんだのを使って、わかりにくい予告状を出してくるくせに。 「いいでしょう。…受けて、立ちますよ」 ぐしゃり、とそれを握りつぶして。 白馬は、不敵な笑みを浮かべた。 「10分です」 「……………は?」 白馬の台詞に、中森警部はぽかんとして言った。 「…なん、だって?」 「ですから、10分でケリをつけて下さい…いえ、つけてみせます。そう言ったんです」 「10分」 またしても呆けた声で返すが、それはつまり、それだけ非現実的なことを言っているという事実に他ならない。 「…どうしても、外せない用事があるんですよ」 それ以上の会話を放棄し、すたすたとその場を去ると白馬はポケットから携帯を取り出した。 (……くそ、) 先ほどから何度もかけているのに、電話が通じない。 普段なら「どうせどこかに置きっぱなしなのだろう」とでも思って済む話だが、今は事態が事態である。…どうにも嫌な予感で胸がいっぱいになる。そうしてそういった予感ほど、当たってしまうものなのだ。 (大丈夫…大丈夫だ) 自分なら、やれる。やってみせる。 目を瞑り、数日前から練りに練った完璧な計画を、もう一度頭の中に思い描く。 「……よし。」 小さく声に出し、ぎゅ、と拳を握り締めた瞬間。 カシャンッ!! 硝子の割れる音と共に、室内の電気が消えた。 「……これはこれは、随分お早いお着きで。」 月を背に、佇む白い影。 矛盾しているようでいて、それは確かに「白い」影、なのだ。 「君が盗れないようにと細工を施していたら、その場で時間を食ってしまう。それならばあっさり盗らせた上で、捕獲すればいい。そう思ったまでのことですよ」 皮肉には皮肉で。 そう返しながら、その実、白馬は言葉の端々に怒りと焦りを滲ませずにはいられなかった。 「…おやおや名探偵、そんな瞳で私を見ないで下さい。焼き殺されてしまいそうだ」 「そう思うなら、その人を手放したらどうですか」 白い影の、腕の中。 全身を預けているように見えるのは、意識がないせいだろうか。暗闇とこの距離とでは、確認することもできない。 「君にとって、よほど大事な人と見える」 「わかっていてやっているのなら、とんだ悪趣味としか言いようがないですね。…わざわざ、この時間を選んだことも。」 ガチャリ。 白馬が構えた“それ”に、夜闇の空気が、びりっと震える。 「…物騒なものをお持ちですね」 「君がおとなしく離してくれるのなら、使うつもりはありません」 白馬の声は低音で、抑揚もない。 「を離せ」 「……仰せのままに。今夜はどうにも、分が悪い」 その場にそっと少女―――を寝かせると、キッドは両手を上に上げて後退した。 「勿論、盗った宝石も置いていってくれるのでしょう?」 「…随分と欲の張った探偵さんだ」 そう言いながら、足元にコツン、と大粒の宝石を置く。 そのまま屋上の端まで行くと、口角を吊り上げて笑った。 「次はもっと出来のいいレプリカを用意しとけよ、名探偵?」 「なっ…!」 白馬が言葉を続けるより早く、キッドは屋上の床を蹴って飛び去っていた。…わかっていて引いてやったのだと、捨て台詞を残したのだ。 (まあ…当然か) 今この日本で、ただの高校生でしかない自分が発砲することは勿論、銃を手にするだけで罪になってしまう。そのようなリスクを負うはずがないと、彼なら読めて然るべきだった。 「ん……」 小さく漏れた声に、白馬は急いでそちらへ向かった。 「!」 「ん…うん?あれ、探くん?」 抱きかかえると、ぽやっとした顔で不思議そうに白馬を見やった。 「あれ、おかしいな。私、部屋にいたはずなんだけど…なんか急に眠くなって…」 状況がつかめない、という風なに、白馬はとりあえず一安心した。眠らされて、ここまで連れてこられただけなのだろう。 「……っと、わあ!」 「うわ!?な、ど、どうしたんですか!?」 急に飛び上がったに、白馬が驚く。 そんな白馬に言葉を返すことなく、はポケットを漁ると、携帯を取り出し慌てて時間を確認した。 「ジャストだ…!探くん、お誕生日おめでとう!」 「あ……」 そう、だった。 そのために、10分でケリをつけようとまでしていたのに。 …が無事だったことに安心して、すっかり意識の外に放り出されてしまっていた。 「…ありがとうございます、。」 にこり、と微笑んで。 白馬は、そのまま少しずつとの距離を詰めていった。 「あ、あの、探くん…?」 白馬の様子がおかしいことに気付き、もずるずると後ずさる。やがてがしゃん、とが柵に背をぶつけると、白馬はその両サイドに手をつき、が逃れられないようにした。 「ちょ、ど、どうし…」 白馬を直視できず、目線をそらす湯の耳元で、白馬が囁く。 「安心してください、邪魔者は消しましたから」 「ひゃっ、」 からしてみれば、急に眠くなり、次に目を覚ましたらここだったのだ。そもそも邪魔者が何かすらわかってはいないだろうが、そんなことは知ったことではない。 真っ赤になって顔を覆ってしまったの手をそっと握ると、再び囁く。 「…隠さないで下さい。今日は、僕の誕生日を祝ってくれるんでしょう?…の、全てを見せてくださいね」 「ちょ…探く、ふ、ひゃっ…!」 (そうですね……) 今だけは、感謝してやってもいいかもしれない。 ……絶好のシチュエーションをくれた、気障な怪盗紳士の彼に。 ---------------------------------------------------------------- BACK |