「………ない。」
「…………………。」
そう言ってじっと見られても、それに無言で応じて決して反応を返さない。
恒例となりつつある、静かな攻防戦。





。…俺の煙草が姿を消した」
「…………。」
「昨日買ってきたばかりでまだ1本しか吸ってない」
「…………。」
「俺の部屋に侵入者の形跡があった。…仕事中、勝手に入ったな」
「…………。」
しばし静かな時が流れる。
(諦めてくれたかな)
そんなことをひっそり心中で思いながら、夕飯を作る手を休めることなく動かす。
「…。」
「ひゃああああああっ!?」
唐突に真後ろで名を呼ばれ、は飛び上がった。それと同時に包丁を取り落とすと、ビイインッと床に垂直に突き刺さる。
「あぶっ、あぶっ、危なっ……!!?秀!瞬間移動禁止だって言ったでしょ!!」
先ほどまで後ろのソファーのあたりで聞こえていた声が、唐突に真後ろから聞こえればそりゃビビる。
の文句にも全く動じることなく、赤井は繰り返した。
「勝手に入ったな?」
「知らないってば!」
包丁を抜く作業に必死になっている振りをして、その場をやり過ごそうとする。
…だが正直、内心はヒヤヒヤしていた。
(お願い秀、諦めて…!)
本気で怒ると相当怖いことは、重々承知の上なのだ。
それでもこうして繰り返してしまうのは、こっちも本気で心配しているのだということをわかってもらいたいためだ。
「……。」
「え?」
ようやく抜けた包丁を、まな板の上に戻して。
一瞬でも安堵して、気を抜いたのが致命的だった。

「どうなるか分かってるだろう?」

「きゃっ……」
ひょい、と担ぎ上げられ、は顔面蒼白になった。
「ちょ、ま、待って!ごめんなさい!」
「ホー……つまり、己の非を認めると?」
「あ」
しまった。
……とっさにでも、謝ってしまった自分の負けである。
「わっ」
どさ、とベッドの上に置かれ、は視線をそらしてぶつぶつと呟いた。
「…だからね、秀は吸いすぎなんだって。肺がんってすっごく苦しいんだって。それが原因で死んじゃう人だって少なくないし…だから少しでも長生きしてほしいっていう切実な願いがあるわけで、私だって本気で秀の健康を心配してて…」
「代替品だ」
「え?」
赤井の言葉の意味が分からず、は一瞬ぽかんとした。だいたい、ひん?
(! そっか)
代替品。つまり、煙草に代わるもの!
「わかった!今すぐニコレット買いに行って来るね!」
ようやく自分の想いが通じたと、が張り切ってベッドを降りようとした瞬間。
「…誰が、そんなものが欲しいといった?」
「え…?」
ぐい、と肩を押されると、そのままどさりとベッドに倒れこんでしまう。
「しゅ、秀一…さん……?」
嫌な汗が背中を伝う。こういう声、こういう顔をしているときの赤井は始末が悪いことを、経験上知っている。
「俺の煙草を奪った罪は重い。…それに、煙草以外で気を紛らわせるんだ。これくらいはしてもらわないとな?」
「つ、つまり…代替品、というのは…」
ひく、と頬が引き攣る。
「勿論、。……お前だ」
「んっ……!」
強引に塞がれた唇に、一瞬で思考がショートしてしまう。
…けれど、頭の片隅では冷静な自分がこう呟いていた。
「禁煙はもう、諦めさせたほうがいい」と。
(だって…)

だって。
…これじゃあ私の、身がもたない。



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