「まーた失敗したらしいな」 「うーん…そうみたいだねえ……」 頭上にのしかかる重みはすっかり慣れたものだ。…想いを告げずにいられるが、やはり好きな人に構ってもらえるというのは嬉しい。それでも天邪鬼な自分は、いつもそれを振り払ってしまうのだ。 「うお、が冷たい」 「冷たくないですー。これが普通なんですー」 適当に返しながら、新聞の続きを読む。次こそ絶対捕まえると豪語する中森の言葉以外に、関係者の言葉は載っていない。…インタビュアーが来る前に、早々に退散してしまったのだろうか。 「そろそろ撃ち殺してしまいましょうか」 「……それはまた、穏やかじゃないね」 ぞっとするようなことを朗らかに言ってのけたのは、たった今教室に入ってきた白馬だった。 「キッドがてめーに殺されるようなタマかよ」 「さて、それはどうだか。試してみる価値もありませんね、一瞬で済んでしまいますから」 「白馬くん、冗談きつい」 頬を引き攣らせながらが言うと、にこりと笑って応じる。 「僕は冗談が嫌いです」 「……キッドが聞いてたらオメー、大爆笑されて終わりだぞ」 同様、快斗も頬を引き攣らせる。 …全く、どこまで本気なのだかわからない。 だから、とても、ものすごく、驚いたのだ。 …本気の見えない、彼だから。 「あなたのことが好きです」と。 とても真っ直ぐに、言われたから。 「は…白馬、くん……」 放課後の、誰もいない教室で。 宵闇が迫る中、長く伸びた彼の影が少しずつ自分の影に近付いてくる。 「さんのことが、好きです。……信じては、もらえませんか?」 「や、信じる信じない、とかじゃなくて…」 ただ突然の展開に、頭がついていかないだけで。 でも、ごめん、私は他に、好きな人がいて。 そう言いたいのに、人間、本当に驚くと思ったとおりに喋ることすらできなくなってしまうらしい。 「…どうすれば、信じてもらえますか。僕の、あなたへの想いを」 ぎゅ、と手を握られて。 縋るような瞳は、夕焼け色の綺麗な瞳。 …吸い込まれそうに、なる。 「……信じて、もらえなくても」 (あ、) 瞳に魅入られている内に、白馬の中で話が進んでしまっている。ごめん、と言おうとした瞬間、強く抱きしめられていた。 「………っ!?!?は、白馬くん!?」 パニックに陥ったに構うことなく、白馬は言葉を続ける。 「僕はあなたを手に入れてみせますよ。貴女が恋する男、全てを殺してでも……ね。」 「………は、」 今、彼は、なんと言った? 恐る恐る、抱きしめられたままで白馬を見上げれば、夕焼け色の綺麗な瞳が細められた。 「……冗談ですよ」 (冗談……) そうだよね、冗談だよねと簡単に流すことは出来ない。 目が合った瞬間、ぞくりと背筋が粟立った。 …以前聞いた彼の言葉が、脳内で反芻される。 “僕は冗談は嫌いです” 「さて、そろそろ遅くなってきましたね。…送っていきますよ?」 「あ、えーと…」 「送って、いきますよ?」 にっこりと微笑まれて、繰り返された言葉は。 …どう足掻いても、断ることはできない力を持っていた。 (どうしよう) 以前なら何も考えずに簡単に乗っていただろう帰りの誘いすら、恐怖から逃れたいと思っている。 …思っては、いるが。 「うん…ありがとう……」 今はただ、断るほうが、怖かった。 恐る恐る帰りの荷物をまとめていると、入り口で待っている白馬が、にこりと笑って言う。 「さん、言ったことがあるかもしれませんが……」 「え?」 「僕、冗談は嫌いなんです」 …決定、打。 (私は、だって、私は) 自分の瞳が映したいのは、沈み行く夕焼け色の瞳では、なくて。 真っ青な、アイスブルーの―――…… 「さあ、帰りましょう?さん。」 差し伸べられた、その腕を。 掴んではいけないと、心が警鐘を鳴らしていた。 …選択する余地など、もうどこにもなかったのに。 ---------------------------------------------------------------- BACK |