「駄目だって言ってるでしょ!」
「何でだよ、別にいいだろ?」
双方主張を譲らない・譲る気がない状態では、言い合いは平行線を辿るだけである。
それでもここは負けられないと、は拳を握り締めた。
「明日は絶対外に行く!!」
「家でのんびり。これに尽きる」
「〜〜〜っ!!」
ソファにふんぞり返っている新一は、「もう言うことはない」とばかりに手元の小説に視線を落とした。





(……こんの石頭っ…!)
たまに互いの休みが重なったからこそ、一緒に出かけたいのに。
新一のほうは、たまの休みになぜわざわざ出かけなければならないのかとその一点張りだ。
(あーあー…)
しばらく頭を冷やそうと、その場を離れる。
珈琲でもいれようと、キッチンで湯をわかしていると、ぽつり、ぽつりと窓に水滴の跡が残る。
「…なによ。空まであいつの味方?」
雨が降ったら、ますます出かけない理由の応援になりそうで。
…罪はないとわかっていても、曇天を見上げて憂鬱なため息をつく。本降りになるのも、近いかもしれない。
(別に、喧嘩したいわけじゃなかったのに)
それでもどうしても、出掛けたかったのは。
「…買ってあげたかったのに。」
新一に似合うだろう、あのネクタイ。
自分の目に狂いがあるとは思いたくなかったが、それでも合わせてみて、そうして確かめてから買いたかった。
「……何を?」
「え。」
「だから。…何を、買ってくれようとしてたんだよ?」
いつの間に、キッチンに来ていたのだろう。
新一が、なんだかばつの悪そうな顔をして立っていた。
「…別に?なんでもありませんよー。どうせ雨だし、明日は家で決まりでしょ」
一瞬向けた視線を、ふいと前へ戻す。
…なんだか無性に悲しくて、涙がこぼれそうだったから。
そんな姿は、見られたくない。
……そんなの声に応じるように、雨音が強くなってくる。
(早くあっち行け…!)
とて、もうこれ以上こじらせたくはない。
珈琲をいれたら、笑顔で戻ろう。そう思っていたのに。
「バーロー」
ふ、と。
不意に、視界が塞がれて。
「しん…い、ち?」
「んな顔されて、…………っつーの。」
「? 聞こえないよ、新い…」
身じろぎするのに、それを抱きすくめられて結局視界は塞がれたままだ。
「明日、出掛けよう」
「は?だってさっき、散々……!」
何のためにあんなに言い合ったんだか、わけがわからない。
手のひらを返したような新一に、がさすがに不満そうな声を上げる。
…す、と塞がれた視界が開けて。
見上げた先にあるのは、曇天なんて感じさせない、蒼く澄んだ瞳。

「イエスしか聞こえないな」

…すっと細められた瞳に映る自分は、恥ずかしくなるくらい赤くなっていて。
それは、してやられた、という悔しさと、今この状況における恥ずかしさと。
(……敵わない、なあ。)
「…………ばか。だったら最初から、素直に言え。」
の憎まれ口が、軽い雨音のメロディーに乗って新一の耳に届く。
「いいだろ、結果オーライだ。」
「調子いいんだからなーもう」

雨音は、徐々に遠ざかっている。
…明日は久々に、楽しい一日になりそうだ。



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