ブルー・ワンダーの巻 6





「あれ?次郎吉おじさんは?」
白馬とが昨日と同じワゴン車に入ると、中には中森とスタッフの姿しか見えなかった。
「あぁ?何か用があるとか言って出て行ったぞ。すぐ戻るとか…」
「儂ならここにおる!!」
「うわぁっ!」
後ろからいきなりずいっと姿を現した次郎吉に、が飛び上がる。
「あんたなぁっ、もうキッドの予告時間まで1分もないんだぞ!」
「フン!来やせんよ…」
「え?」
焦った声を上げた中森とは裏腹に、次郎吉は落ち着いた声で言った。そして続ける。
「ショーを始める前からステージに客を上げ、自分の周りを囲ませるマジシャンなんぞまずはおらぬ…トリックのタネがバレてしまうからなァ…」
(あ……)
白馬の言葉が、不意に頭の中に響いた。
『先入観は捨てた方がいい』
『彼が今までしなかったデモンストレーションをわざわざ行った意味は?』
…そういう、ことだったのだ。
カウントダウンが続く中、はワゴン車を飛び出した。後に続くように、白馬も降りる。
「雨、降りそう…」
空を見上げ、がポツリと呟いた。…もし、白馬が渡してくれた部品で、自分が上手に組み立て上げられていたとしたら。…これは、快斗にとってはあまり愉快な事態ではない。
キッドが現れたという声が中から聞こえる。それと同時に、雨も降ってきてしまった。
「7番機からの映像が届きません!」
「何ぃ!?」
(やっぱり……!)
これは、不測の事態だったのだ。
(どうしよう)
自分に組み立てられたのだ。白馬は無論、この雨が決定打になって、中のコナンも答えにたどり着くはずだ。
(でも…)
でも、私には、ここから先が読めない。行動が取れない。
「…さん」
「え?」
雨の中に棒立ちだったに、白馬がそっと傘をさしかけた。
「濡れますよ」
「探くん…」
お願い、捕まえないでと。
口にする直前で、先ほどの電話を思い出した。
(『最後は手出ししないから、思う存分やって。』)
…そう言い切ったのは、自分だ。そして、自分がそう言い切れたのは。
(快斗に対する…)

絶対的な信頼。

「…どうか、しましたか?」
先を促す白馬に、は笑顔で首を振った。
「ううん、なんでもない。傘、ありがとね」
大丈夫だ、絶対に。





!あんたこんなところにいたの!?」
「あ、園子、蘭!」
の姿を見つけるなり走ってきた二人に、笑顔で手を振る。
「あ、じゃないわよ!聞いて驚きなさい、なんと次郎吉おじ様がキッドだったのよ!!」
「へ、へえ〜!それは驚きだね!で、そのキッドは今どこに?」
「逃げちゃったのよー!!どうやらコナン君がついていったらしいんだけど。今から追いかけるの!あんたも来なさい!!」
「わ、わっ!!」
ぐいぐい手を引かれ、あっという間に車に放り込まれる。…実は知っていたなんて言ったら、どういう反応を返すだろう。
、白馬君は?一緒じゃなかったの?」
蘭の問いに、がしどろもどろと答える。
「あー…なんか、もう解決したって言って帰っちゃった。あとは…その、任せるって。ええと…警部に」
「わっはっは!ワシに任せるとは言うようになったな!」
(言えない、よね)
ちらりと横目で中森を見ながら、心の中で呟く。
(『コナン君に』任せた、なんて)
コナン・白馬・快斗。この3人の間に、一体どういう繋がりがあるというのだろう。少なくとも、自分の知らない何かがあるのは確かだ。…確かだ、けれど。
(男の秘密、ってやつかなぁ)
が知りたいと思おうと思わなかろうと、それは本人たちの意思次第だ。ここで詮索しても始まらない。
車の窓を開け、風を感じながらは微笑んだ。…今、会いに行くからね。





「…オメーさぁ、素を出す相手と出さない相手と選んでるのか?」
「はぁ?何の話だよ」
麻酔銃を構えたまま、コナンが眉をひそめる。この場で出す話題としては不適ではなかろうか。というよりこの怪盗は、自分の立場をわかっているのだろうか。
(無意識か)
恐らく、に関しては旧知の仲ということで自覚がないままに素を出してしまっていたのだろう。今のコナンを見る限り、そこに何らかの特別な感情があるとは思えない。…これ以上ここでこの話題を続けると、にも火の粉が降りかかってしまうだろう。
「なんでもねーよ。…けど、見事だっただろう?まさにブルー・ワンダー!大空の奇跡の脱出ってわけだ!」
自慢げに言い放ったキッドに、コナンが無感情に反論する。
「大空?ブルー・ワンダーのブルーは大海のブルーだぜ?」
「同じじゃねーか!海のブルーは空のブルーが写ってんだろ?探偵や怪盗と一緒さ…天と地に分かれているようで、元を正せば人がしまい込んでる何かを好奇心という鍵を使ってこじ開ける無礼者同士…」
「バーロ…空と海の色が青いのは、色の散乱と反射…全く性質が異なる理由によるものだ…一緒にするなよ!その証拠に水たまりは青くねえだろーが!」
次々と論破され、半眼になる。…何もくそ真面目に反論する必要はないじゃないか。本当に、
「お前、夢ねーな…」
ぼそりと呟かれた言葉を聞き逃さず、コナンが再び反発する。
「夢ばっか見てちゃ、真実は見抜けないんでね…」
もう駄目だ、こいつは。
下らない会話はここまでにして、そろそろ振り切るとしよう。…早く、会いたい人もいる。
「それより本当にその麻酔銃でオレを捕まえる気か?このスピードで寝ちまったら大クラッシュだぜ?」
「大丈夫、このバイクが止まるまで撃たねーし、オメーの身柄はこっちへ向かってる中森警部が…」
「フン!誰が止めるか!」
これだから、いつになっても捕まえられないというのだ。…シメが甘い。そんな甘いことを言っている内は、自分を捕まえることなど絶対に不可能だとこの名探偵はいつ気付くのだろう。
(ま、そのほうがオレとしちゃ有り難いけど?)
に、と口角を吊り上げ、続ける。
「それに次郎吉のジイさんが自慢してたろ?」
「ん?」
「このハーレーにはスピードアップの細工が施してあるってな!」

ガコッ!!

「え?」
接続部が外れ、コナンが呆けた声を上げた。
「おわっ、わわっ!」
(大丈夫、怪我をするようなことはないはずだ)
自分も大概甘いということは棚に上げ、快斗はしばらく走らせてから振り向いた。
「じゃあな名探偵!その宝石は預けたぜ!結局、目当ての宝石じゃなかったし、今回は売られたケンカを買っただけだからよ!」
「ヤロォ!!」
ガガッ、とコナンが車体を地面にこすりつけたのが見える。…同時に、火花が散るのも。
「え?」
(あの野郎、タンクに穴を…)
「うわあぁぁああ!!」
(ヤベェよこれ!!っくそ、全治3ヶ月くらいの怪我負わせりゃ良かった!!)
穏やかではないことを考えつつも、とき既に遅し。火はすぐそこまで迫っており、火から逃れるというより『どうすれば逃れたことになるか』を考えるのにいっぱいいっぱいだった。

ボンッ!!! 
    ゴオオオォォォ……

「くそ!」
「コナン君〜〜〜!!」
の乗った車が到着したのは、その直後だった。
窓からコナンを呼ぶ蘭の後ろから身を乗り出し、火だるまになっているハーレーを見て瞬間的に背筋が凍る。…だが、遠くを舞っているハンググライダーを見て胸をなでおろした。
(こっそり、こっそり…)
コナンの元へ走り寄る蘭たちの目を盗み、そっと川原へ降りる。自分の勘が正しければ、恐らくココに…
「…怪盗キッド!逮捕する!」
「っ!」
冗談のつもりで、囁くように言ったのだが。…どうやら、快斗を本気で焦らせてしまったらしい。
「きゃ!」
「え?あ……悪ィ、か。〜〜脅かすなよ…!」
ほう、と息をついて言った快斗は、明らかに煤けていた。…巻き込まれはしたようだが、無事らしい。それは良かった。良かったのだが…
「ご、ごめん、大丈夫かなーと思って見に来て、その……」
「……あ?」
「どいて…くれないかな」
恐らく、快斗としては瞬間的にとった保守的行動なのだろうが。
…この、『押し倒されている』状態は、としてはあまり好ましいものではなかった。
「!! わ、悪ィ…」
慌てて退くと、ぷいと顔を逸らす。…とてそうしたいのは山々だが、お互いそれではこの場で朝を迎えてしまう。
「…快斗、大丈夫?」
「ばっ、バーロー!オレがこのくらいでどうにかなるか!!」
「うん、わかってるよ。…わかってたから、信じてたから。でもやっぱり、ちょっと心配でさ」
「……、」
そんな風に簡単に、「信じてた」なんて言われたら。…色々言おうと思っていたのに、何も言えなくなってしまうではないか。
「さんきゅ。」
だから。
そう一言言って、ぽんと頭の上に手をやった。…それだけで、十分だった。
「………へへ」
煤だらけの快斗の頬が、染まっているのが見えて。
それがなんとも嬉しくて、愛しくて。
くすぐったそうに笑って、は快斗の肩にそっと頭をもたせ掛けた。
「だいすき」
…そう、小さく囁いて。



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