人は時々、何故か大冒険をしてしまう。
自分の立場や地位を忘れ、その後どうなるかは深く考えずに。
そう、例えば…社長室のドアに黒板消しを仕込んでいたりすることもそうだ。
そして今日もまた、無謀な冒険に挑戦しようとする愚か者、いや勇敢な者たちがいた―――
「ドッキリ」
「大佐をダマすぅ!?」
「しぃーっ!」
大声をあげたブレダの口を急いで塞ぎ、ハボックは慌てて周りを見回した。
「でっかい声出すなって!なぁに、ダマすって言っても悪意があるわけじゃねぇ。うまくしたら仲が進むかもしれないし…」
「仲が進む、とは?」
ファルマンがひそひそと尋ねると、ハボックはにやりと笑って言った。
「―――勿論、大佐と中尉の、だ」
『おぉぉ!』
(ひっそりと)歓声をあげた三人に向かって、ハボックは溜め息と共に煙草の煙を吐きだした。
「…正直、鬱陶しいんだよ大佐の嫉妬は。廊下で中尉に挨拶しただけで『貴様中尉に見とれていただろう!
ほら見ろ目尻が下がってる』とか言うしよ…俺が垂れ目なのは元々だっつぅの」
「あ、それなら僕も似たようなことありましたよ。中尉が書類を運んでいたとき、重そうだから手伝おうとしたんです。
そしたらいきなり足払い受けて、僕を踏みつけて大佐が荷物運びに行ってました」
「ま、くっついちまえばちっとは安定するかもしれねぇだろ?だから…」
「あ、でも」
フュリーがふと、思い付いたように言った。
「中尉は?大佐のことなんとも思ってないかもしれませんよ?」
……しーん……
「…大佐があんまりにも惨めだろ…それ…」
「いや、有り得なくはないだろ。なにしろ相手はあの大佐だぜ?」
「ふむ…その辺の女性なら大佐に惚れるのも分かりますが、ホークアイ中尉…となると」
ロイがホークアイに惚れているのは、一目瞭然だ。だが、ホークアイの方がそういうそぶりを見せたことはない。
もしや一方的な片想いなのでは…と哀れみを覚えていると、ハボックがだんっ!と膝を叩いて一同を見回した。
「…とりあえず、楽しそうだからやってみねーか?」
「つまり大佐で遊びたいんだろ」
ずばりと言ったブレダの言葉にも怯むことなく、ハボックは堂々と言いきった。
「そうだ」
「…罰を受けない程度でお願いしますね…」
フュリーの願いは果たして届くのか。
かくして、ここに『マスタング大佐☆ドッキリ大作戦!』が幕を開けたのである。
「た、大佐!大変ですっ!」
息を切らして駆け込んできたのは、名優…もとい、“大事な出だし役”を担ったファルマンだった。
「…なんだ、騒々しい」
「そ、それが…うっ」
言うなり、苦しそうに左胸を押さえて倒れ込む。
「お、おい!?どうした!」
さすがに慌てたロイが、走ってやってくるとファルマンはロイの軍靴をぐわしっ!と掴んだ。
「撃たれ…ま、した…敵です!」
「て、敵!?敵ってなんの敵だ!ていうか血なんて出てないぞ!?」
「それが敵の狙いなんです」
もはや何がなんだか分からないが、そのへんはファルマンの演技力でカバー。
ロイは見事に雰囲気にのみ込まれた。
「えぇい、なんかよくわからないけど現状は!?」
「こ…これが、敵の居場所です…」
言って、ファルマンが差し出したのは………
クロスワードパズルだった。
「私をからかっているのか!!」
「敵は…ホークアイ中尉を人質に…」
「なんだと!!?」
途端に目の色を変え、ファルマンの襟首をひっ掴んでゆさゆさ揺らし始めた。
「なぜそれを先に言わないんだ!!中尉は無事なのか!?」
「ぢょっ…だいざ、ぐるじぃっ…」
演技ではなしにエクトプラズムを吐きだし、ファルマンはがっくりと力尽きた。
「おい!…くそっ」
手掛りは、このクロスワードパズルのみ。ロイは舌打ちをしながらペンを取った。
「縦のカギ…1.雨の日に無能になるのは●●・マスタング…」
思わず紙をびりびりに破りたくなる衝動を無理矢理押さえ込み、ロイは次の問題を見た。
「2.雨の日に無能になる錬金術師は●●●の錬金術師…」
爆発しそうになりつつも、ロイがクロスワードを解き終わったのはそれから十分後だった。
「『談話室』!なんでこんなもんをクロスワードにする必要があるんだ!!」
悪態を吐きながら廊下を疾走し、着いた先には倒れたフュリーとブレダ。
「中尉はどこだ!」
「げぇっ」
倒れている二人が怪我をしてるかもしれない 、などという考えは微塵も浮かばないらしい。
いきなり揺さぶってきたロイに、ブレダは悲鳴を上げた。
「ちょ、大佐、落ち着いてください!」
倒れ役だったことも忘れ、フュリーは慌ててロイを止めに入った。
「…で。」
「これが敵の居場所です!敵は中尉を連れて移動しました!」
言って、フュリーが差し出したのは…
『ハボック少尉が好きな煙草の銘柄は?』
「ンなもん知るかぁあぁ!!」
「その下の」
ロイは既に発火布装着済みである。ブレダが意識を取り戻さないので、フュリーはおそるおそる声をかけた。
「…暗号を解読してください。それでわかるはずです」
「それと中尉になんの関係があるんだ!!」
「知りませんよぉ!」
だばだば涙を流すフュリーを見て、ロイは仕方なく暗号とやらを読み始めた。
「えぇと…『たみたたぎかたらたたにたばんためたのたうたえかたたらたさたんばんためた』…?
なんだこれはさっぱりわからん!」
「あぁっ!あんなところにタヌキが!」
フュリーのわざとらしさ大爆発の声を聞き、ロイは一気に解読した。
「そうか、た抜き言葉だな!よし…『右から二番目の上から三番目』…」
“好きな煙草”と書いてあったからには、きっと煙草の自販機のことだろう。
指定された煙草を購入し、ロイは急いで中を開けた。
「『裏庭に直行せよ』…中尉っ!!」
「ぐぇっ」
「ごふっ」
復活しかけていたブレダとフュリーを綺麗に踏みつけ、ロイは裏庭に続く扉へと走っていった。
「中尉っ!!」
ばんっ!と勢い良く扉を開けると、勢い良く開けすぎた扉は跳ね返ってロイの鼻を打った。
「ぶっ!…ちゅ、中尉…」
今度はゆっくり、慎重に開ける。
目の前には…
「…ハボック?」
銃やナイフを構えた集団に囲まれているホークアイを想像していたロイは、少々拍子抜けした。
構えたままだった右手を下ろす。
「何をしているんだ?中尉は…」
「はいはーい、大佐、お疲れ様でした!」
言ってにこやかに笑うハボックを見ても、ロイには何が何だか分からない。疑問符を浮かべまくっているロイを見て、
ハボックはにこにこ笑いながら続けた。それと同時に、右手に隠し持っていた白い看板を掲げる。
「『ドッキリ』…?」
「そう!これは、普段世話をかけている大佐にささやかながらお礼をしたいという俺達の気持ちです!」
「…言いたいことは、それで全部か…?」
ゆらり、と。背後に焔を燃やしつつ、ロイはぐっと親指と人指し指を構えた。
「ちょちょちょ、大佐ちょっと待ってくださいよ!大佐のお守り役の中尉の許可なしに、
俺達がこんなことできるわけないでしょう!?」
「中尉の…?」
“中尉”という言葉に反応しすぎて、“お守り”などという自分にとっては不名誉な単語はスルーしてしまったらしい。
「はい。ですから、今回の件は一部始終中尉も見てたんですよ」
「な」
木の陰から、ゆっくりと姿を現したホークアイの頬は、微かに赤く染まっていて。
「大佐…私なんかのために、ありがとうございました」
小さく言うと、くるりと後ろを向いて歩きだしてしまった。
「え、ちょ、中尉!」
どたばたと追い掛けていくロイを見て、ハボックは煙草の煙を吐きだして苦笑した。
「…ありゃーまだまだだな」
2004.5.3
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