eyes −合図−





私には、好きな人がいます。





蒼くて透きとおって、それでいて底が見えない。そういう瞳をしている人だと、そう思った。
「…おい、!」
「ぅあはいっ!?」
唐突に呼ばれ――少なくともはそう思った――飛び上がり、クラスから笑いが起きた。
「お前、目を開けたまま寝てるのか?早く読め」
慌てて教科書を手に持つが、当然どこなのか分からない。再びの笑いの波を覚悟して、場所を聞こうとしたとき。
「…134ページ、9行目」
ぼそり、と。
かろうじて聞き取れる音量で、横にいた彼…工藤新一が、呟いた。
「……『それは有り得ないよ』そう言うと、横にいた友人が不思議そうな顔をした………」





「…あの、工藤くん、ありがとう」
授業終了後。
精一杯の勇気を出して言ったけど、いつもの通り。正面から蒼い瞳を見ることはなくて、少し伏せられていて。彼は小さく「いや、別に…」と言っただけで、すぐに違う方を向いてしまった。
(嫌われてるのかなあ…)
それは、私としてはありがたくない考えだけど。
今日の授業は終わりだが、これから数学の補講に出なければならなかった。会話終了、続く見込みもなし。
仕方なくは新一の前を去ると、鞄を持って教室を出た。
やれやれ、これからが長丁場だ。





「…せんせー。ギブ。勘弁してください」
は昔から、「終わった人から帰って良し」方式が大嫌いだった。
理由は簡単。
終わらないから、帰れないのだ。今も一人居残り状態で、考え続けた頭はオーバーヒート寸前。
「…明日までに終わらせてこいよ?」
「はいー」
のったりのったりと支度をし、さて帰るかと昇降口へ向かおうとして、慌てて自教室へと戻る階段を駆け上った。
(日直だったの忘れてたよ…!!)
日誌は置きっぱなし、黒板も消していない。出席簿も持っていっていないし、もう一人の日直が自分より先に教室を出たのは目撃済みだ。

がらっ。

当然、誰もいないと思って盛大にドアを開け、は硬直した。
…目を見開いたまま、一点を見つめる。


呼吸は荒く、肩で息をしたまま、


ドアに手をかけたまま、


…時が止まったみたいに、動けない。


「くど…う…くん?」
夕陽をいっぱいに浴びた橙色の教室で、一人机に突っ伏して眠っている彼は。


自分の右隣の席で、


瞳が蒼くて、


密かな想い人で。


こんな時間まで、何をしていたんだろう。
ふと黒板を見れば、石灰の欠片も残ってはいない。黒板消しは、行儀良く端に並んでいる。教卓の上に置き去りだった出席簿と日誌は…見当たらない。
が、よくよく見れば新一が枕にしていた。
(日直の仕事を…やってくれたの?)
そのまま、眠ってしまったのだろうか。
「…く、どう、くん?」
そっと声をかけても、起きる気配はない。参ったなぁ、と立ち尽くしていると、やがてもぞもぞと動き出した。
「ぅわっ」
起きなきゃ起きないで困るが、起きたら起きたでどうすれば良いか分からない。だがそのまま寝返りを打っただけで、再び寝息が聞こえてきた。
「…よし」
何がよし、だ…。
自分の意気地のなさに情けなくなりながら、新一の寝顔をちらりと見やる。可愛いなあ、と思いながら自分の席に座ろうとして、
そこでようやくは机の上のメモ用紙に気が付いた。
へ。日直の仕事、忘れてただろ?担任が隣の席のよしみでやってやれっつーから、オレがやっといたぞ。今度なんかおごれよ』
それを見て、は小さく吹き出した。
“おごれよ。”
随分高い日直代行だ。
それでも、こんな風に書くなら、少なくとも嫌われてはいない、そう思って良さそうだ。
「工藤くん、あのね」
眠っている間だけ、でいいから。
私の言葉を、聞いてくれる?
「好き…です」
あなたの瞳に、映ることができたなら。
「大好きです。だから、えーと…日直、ありがとう……あれ?」
なんだか変だ、繋がってない。
いつか、本当に告白するときには練習が必要かもなあ…そんなことを考えていると、くっくっく、と笑い声が聞こえた。
そして、あろうことか…ゆっくりと、新一が身を起こしたのだ。
「………くっ!?」
…起きて…!?
顔が一気に朱に染まる。
逃げたいのに、驚きすぎて動くことすら出来ない。新一は、そのまま笑みを絶やさぬままに言葉を続けた。
「…って、おもしろいのな」
「あ…あ…の、えと、あーっと…」
我先に、と話したい言葉が競争をして、のどに詰まっている。結局、ひとつも形にできなかった。
「…なぁ、それ、マジか?」
なんだか照れくさそうに頭をかきながら。



ゆっくり、ゆっくり。



伏せていた瞳が、正面へ、私の方へ、向けられて、




「……マジ、です……」




蒼い瞳に、私が映った。








eye・s…何かが始まりそうな、それは…





まさに、合・図。






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2004.8.1


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