「桜、見に行かねーか?」 「…へ?」 が快斗から唐突な誘いを受けたのは、冬が間近に迫った頃だった。 「…うそぉ」 あるはずのない光景に、息をのむ。吐く息は白いというのに、目の前に広がるのは春にあるはずの淡紅色。 「…冬桜、って言ってな。この時期に咲くんだ。じわじわと咲くくせに、散る時はぱっと散っちまう。中には越冬して春に咲くつぼみもある、変わったやつだよ」 「へぇ…」 ふわふわと、まるでそこだけ別世界のように。心なしか、周りの温度も暖かくなったような気さえする。 「…オメー、こういうの好きだろ?」 にっ、と笑って言う快斗に、もへにゃっと笑って返す。 「うん、好き」 些細なことかもしれないが、そんな風に“自分のため”にしてもらえたことがたまらなく嬉しくて。続けて「ありがとう」と言おうとしたら、はぁー…と深いため息をつかれた。 「……何?」 「主語をつけろ、主語を。そんな笑顔全開で好きなんて言われたら、いらん誤解しちまうだろーが」 「はぁ…?」 しばし無言で考え込み、慌ててぱたぱたと手を振って言う。 「さ、桜が好きって言ったの!快斗がこういうの好きだろ、って言ったから…!快斗のことじゃなくてっ!」 「オレのことは好きじゃないのか…」 再びうなだれた快斗に、ますます慌てて力いっぱいぶんぶか手を振る。 「ちが、そーいう意味じゃなくって!あの、だから…」 パニックになっているを見て、快斗は小さく吹き出した。それを見て、もようやくからかわれていることに気付き、かぁっと赤くなる。 「…快斗っ!」 「悪ぃ、あんまり可愛いもんだからよ、ちょっとからかいたくなっちまってな」 「もう騙されない!」 「可愛いってのは本当のことだぜー?」 「…はいはい、わかりました!もー知らない」 ふい、と見上げれば、青空に映える淡紅色。風に流されて舞い降りてきた花びらが、ふわりと肩の上に乗った。 「あ…」 「…ま、来て良かっただろ?」 ふっ、と首もとにあたたかな呼気を感じ、次の瞬間には花びらは再び宙を舞っていた。 ひいらり、くるり。 風に流され、空気に乗って舞う花びらは、どこまでも幻想的で。いつまでも見ていたいと、そんな風に思わせる。 そうして、しばらく散る花びらを見送ってから、快斗が振り向いて声をかけた。 「帰るか?」 「……ん」 自分に向けられたふんわりとした笑みに、自然笑顔になる。帰り道では、ちょっと大胆に手なんか繋いじゃおうか…などと考えていると、快斗が無言で手を差し出してきた。 「え…」 …何も言わずにそっぽを向いている様が、何とも言えず可愛らしく見えて。ぎゅ、とその手を握れば、強く握り返される。 「…照れてる?」 「バーロー」 吐く息は白く、頬は赤く。 …振り向いた先には、淡紅色。 ---------------------------------------------------------------- 2004.11.22 BACK |