エピローグ





怒濤の一夜が明けました。実は昨日の夜、私にとってはさらわれたことよりよっぽど重大な事件が起こったんです。








翌日の学校では青子に色々聞かれて大変だった。
真相を話すわけにもいかないので、誘拐されかけたけど自力で脱出したの、と自分でもいまいちだとは思ったが、あながち嘘でもないのでそう言って誤魔化した。未遂だったから、警察に言ってないって言ったら怒っていたけれど…
まあ、人の噂も七十五日。青子相手なら三日で…と思うのは、ちょっと失礼かもしれない。
快斗とは―――…
なんだか恥ずかしくて、言葉を交わせなかった。そんな私を、それはそれはおもしろそうに快斗が眺めているのが…
ものすごく、悔しかったです。





「…、手品見せてやろっか?」
「え?ホント!?見たい見たい!」
河辺に立っていたの元までゆっくり歩いてくると、快斗はこほん、と咳払いをした。
「レディースアーンドジェントルメーン、と言いたいところだけど…今夜の観客は一人だけだからな。さて、ご協力願えますか?」
軽くウィンクしながら言った快斗に、はこっくりと頷いた。
「じゃあまず…オレのシルクハットを、外して」
「うん」
ぼさぼさしたいつもの髪型が、現れる。
「次は片眼鏡」
「はい」
隠されていた、右目が綺麗に見えて。…見慣れているはずなのに、妙にドキドキしてしまう。
「では、最後にそのマントをこちらへ」
「あ、はい」
肩に掛けっぱなしだったマントを外して、快斗に手渡そうと腕を伸ばしたときだった。

ぐいっ。

「え」
そのまま腕を引かれ、気付いたときには…快斗の顔が、目の前にあった。
「んっ…」
ほんの、一瞬。
やわらかな感触が、唇に走った。
「かかかか…快斗っ!?」
「…ワリ。なんか、オレ…思ってた以上に…」
おめーのことが、好きみたいだ。
腕の内に閉じこめた小柄な体を、強く強く抱きしめる。

自分は無力だ。

すぐに危険な目に会わせてしまうし、

守りきれるだけの力も、今はまだ、ない。

それでも、守ってやりたいと…そう思ってしまうのは、

「好きなんだ…」

どうしようもなく、好きだから。

おそるおそる、といった感じに、ゆっくりと快斗の背中に手を回してから、も小さく呟いた。
「わ…私だって、快斗に負けないくらい好きだもん」
ゆでだこ、なんて言葉じゃ片づけられないくらい赤い顔をしたまま、そう言ったに快斗が言い返す。
「いーや、絶対オレの方が好きだ」
「なっ…じゃ、じゃあ、どれくらい好きなの?」
うわあバカ、なに聞いてんだ自分!
自分で言って、自分で照れているに、快斗はイタズラっぽく答えた。
の方こそ、オレのことどんくらい好きなの?」
「いっ…今聞いてるのは、私」
快斗を見上げて抗議しようとしたに、またキスを降らせる。
「…快斗っ…いったい、どこがどう手品なのっ…!」
逃れようと暴れ出したをしっかり抱きしめながら、快斗はおもしろそうに言った。
「一気に心拍数が上がる手品だよ。専用ー。シルクハットと片眼鏡は…キスをするには邪魔だったからな」
「ばっ!」
バ快斗、とでも言おうとしたのだろう。ちょん、と唇に人差し指を当て、「またキスしちまうぞ?」と言うとたちまち黙り込んだ。…もう本当に、可愛すぎる。
(あー、やべー…)
くらくらする理性をなんとか押しとどめ、快斗はもう一度強くを抱きしめた。…ああ、オレの幸せを今測ったら、測定不能で針振り切れちまうな…
そんなバカなことを考えているその一瞬までもが、…幸せだった。





結局、キッドの事件は盗難失敗、ということになっていた。
警察が到着したときには、キッドもヤツらもいなくて、残っていたのは落ちていたビッグジュエル…人魚の涙、それだけだ。
盗った宝石を吟味している最中に警察がやってきて泡を食って逃げた…というのが妥当な線だろう。
(結局…なんにも、解決はしてないんだよね)
朝刊には間に合わなかったのだろう、夕刊の一面を見ながら、はため息をついた。
あいつらのことも、パンドラのことも。
昨晩のことを順を追って思い出していき、やがてあの河辺での出来事を思い出して赤くなった。
(ばかばか、思い出しただけで照れるなっ!)
「…なーに赤くなってんだ?」
「きゃわうっ!?」
唐突に耳元で聞こえた声に、は持っていた新聞を取り落として飛び上がった。
「よ。」
「よ、じゃないっ!いったい何して…」
るの、と聞きかけ、快斗が手にしている宝石に目が点になった。
「…二日連続?」
「まーな。今夜のも外れだったけど…また次だ」
その快斗の言葉に、は微笑した。
…快斗は、いつも前を向いている。
「ほんじゃーまぁ、今夜は帰るけど…」
そう言って、自分の頬をツンツン、と指でつつく。
「…?」
が疑問符を浮かべると、快斗がにっと笑って言う。
「おやすみのキス♪」
その言葉に、はたちまち真っ赤になった。
「…調子に乗るなぁーっ!」
の放った跳び蹴りは、見事に快斗のみぞおちに決まったのだった。




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2004.8.10


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