「オールグレンさん!べーすぼーるやろ!仲間も集まってるんだ」
オールグレンが信忠に草履の編み方を習っていると、飛源がやってきて笑顔で言った。
「…いいですか?」
オールグレンが聞くと、信忠は笑顔で答えた。
「是非。子供たちに懐かれてしまったようですね」
「いってきます」
「いってきます!」
仲良く手を繋いで家を出ていく二人を、信忠はひらひらと手を振って見送った。





「ヘイ飛源!一塁に向けて、投げてください!」
「い…いちるい??」
人ではなく球を追う、ということまでは達したものの、まだまだ正規の野球にはほど遠かった。
「っ、それ!」
何を思ったか、走っている少年本人に球を投げつけ、飛源は球を当てた少年から逃げ回っていた。…ルールが正しくなくとも、皆が楽しそうに笑っているのだ。それで十分だろう、と思いながら自分がバッターボックスにつく。
「…Wow」
いつのまに紛れ込んでいたのだろう。腕をぶんぶん振り回し、なにやら自信がありそうにピッチャーボックスに立っていたのは中尾だった。よく見ると、周囲にはいつの間にか人が集まり、皆てんでんばらばらに勝手な応援をしている。勝元や氏尾は輪には加わっていなかったが、やや離れたところで高見の見物を決め込んでいた。さらに、よくはわからないが賭けているものもいるようだ。
(…いつのまにこんな大ごとに…)
半ば唖然としながら、それでもバット――に見立てた木刀――を構え直した。
「っしゃあ、行くぜ――!」
中尾が大きく振りかぶり、渾身の力を込めて球を投げた。
(ストレートド真ん中っ…!!)
バットの真芯で捕えた感触。次の瞬間には、球は高々と宙を飛んでいた。
『うおぉおおぉぉっ!!』
「くそっ、打たれた…!」
中尾に賭けたものは肩を落とし、オールグレンに賭けたものは諸手を上げて喜んでいる。誰もが球の行方に注目していたが、“それ”にオールグレンはいち早く気付いていた。
「…あ。」
まずい、と思った時には、既に遅かった。

パッコーンッ。

『………!!』
やたら軽やかな音を立て、球は氏尾の頭に命中した。

しーん……

「う、氏尾…」
誰も動けない中、オールグレンはおそるおそる氏尾に声をかけた。狙ってやったわけではないが、氏尾に球を当てたことは事実だ。謝らなければいけない。…勝元が必死に笑いを堪えているように見えるのは、気のせいだろう。
「貴様…」
オールグレンの方へ一歩踏み出した氏尾の表情には、鬼気迫るものがあった。


「そこに座れ。」


ずらぁっ、と抜いたのは…間違うことなき、真剣。
「わー!!う、氏尾さん落ち着いて!たかが遊戯じゃないですか!」
「えーい離せ!斬る!!」
「わっはっはっはっは!!」
必死に氏尾を止めようとする者、それを振り払おうとする氏尾、そしてもはや隠そうともせず大笑いする勝元。それに誘われ、他の面々の雰囲気も笑いの方向へと傾いていった。
…どうやら助かったらしい、と悟ると、オールグレンはその場にへにゃりと座り込んで苦笑した。
なぜかはわからない。だが、どうしようもなく、あたたかな気持ちで満たされていた。
(氏尾には…あとで謝ろう…)
…体がバラバラにされないことを、祈りつつ。




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2004.7.16