…その人は、とてもとても気持ちよさそうな顔をして眠っていました。







スリーピング・ビューティー








(…珪ってば、またこんなところで寝てる)
買い物袋を片手に下げ、はため息をついた。…自分が人気モデルだという自覚はないのだろうか?こんな無防備に寝ているところをファンに見つかったら、何をされるかわかったものではない。
「…珪。風邪、引くよ?」
公園通りで買い物をして、日差しに誘われてやってきた森林公園。お気に入りの大樹の前に来たら先客がいて…それが、珪だった。
(…昼寝、好きだよなあ)
趣味を聞かれて、昼寝と答える人はそういないだろう。そんなことを思い出しながら、もゆっくりと珪の隣に腰掛けた。
「…あったかくて、気持ちいー…」
春のうららかな日差しの下では、珪でなくとも昼寝をしたくなるだろう。やや伸び気味の芝生に触れながら、はそっと珪の顔を見た。
…それは、まるで。
「眠り姫…みたい…」
さらさらの髪、端整な顔立ち。目にかかった髪を指先でかきあげると、長いまつげがよく見える。
(…ふふ)
鼻を軽くつまんでみると、軽く眉をしかめて顔をそらした。これ以上やると起きてしまいそうなので、はそこでやめて自分も横になった。
目に映るのは、若草色をした葉と日差し、そして青空のみだ。昼寝モードに突入しようかと、も目を閉じかける。
(…あ。せっかくだから、珪の寝顔撮っとこうかな)
昼寝が好きだといっても、なかなかその現場を押さえることは出来ない。…これは、貴重な一枚になりそうだ。
タイトルは『眠り姫』にして保存しよう…と思いながら、携帯を手にして起き上がろうとしたときだった。

「…。」

不意に、吐息混じりに呼ばれた、名前。
何度呼ばれても慣れることはなく、どくんと心臓が大きく跳ね上がる。
「…なに?珪。」
静かな水面に雫を落とすような、胸にしみいるような。…は、珪のそんな声が好きだ。
平静を装いながら返し、上半身だけ起こした状態で珪を見る。すると、なんとも眠そうな、だがうっすらと目を開けた珪と目が合った。
「もう少し……一緒にいろよ。」
珪がぽつりと呟く。
…今まで何度となく聞いてきた、この台詞。珪が、離れたくないとサインを送ってくる瞬間。
「…うん。」
ただ、写真を撮ろうとしただけなんだけどね。
そんな言葉は封じ込め、はもう一度横になった。そのまま首だけ珪の方へ向けると、微かに笑みを浮かべた珪と目が合う。
「…そんな気が、したんだ。」
「……え?」
珪の言葉の意味をはかりかね、が不思議そうな声を上げる。
(今日、ここにいたら…に会えそうな気が、してたんだ)
二人が好きな、この樹の下で。
「…なんでもない。」
「ちょっ…何それ!気になるでしょ!」
いちいちそれを告げるような野暮はしたくない。それに、口にしてしまったら、今日のこの出会いがただの偶然になってしまうような気がしたから。
「…。」
「え?」
そ、と口元へ人差し指を持っていき、囁くように言う。
「…秘密。」
「な…」
珪がそう言ったら、その続きを聞くことは絶対に叶わない。それがわかっていたので、仕方なく追及を諦めると、はぼそりと言った。
「ふん、だ。寝てるときの珪は、お姫様みたいで綺麗だったのになー」
「…お姫様?誰が?」
きょとん、として聞き返してきた珪に、がもう一度繰り返す。
「だから、珪が。眠り姫みたい、って思ったの」
やっぱり写メ撮っとけば良かったー、と残念そうに呟いてから、出しっぱなしだった携帯をしまう。
腕を枕にして、どさりと草の上に倒れ込んで目を瞑る。昼寝に徹してしまおう、と思ったのだが。
「…違うよ。」
「うわっ!」
すぐ近くで聞こえた声に、飛び上がりそうになる。目を開けると、珪の顔が目の前にあった。
「けっ、珪!?何して…」
「お姫様はだよ。俺は王子。」
そう言って微笑った顔は、本当に王子みたいで…
「…ってストップ!王子様、何する気ですか…?」
おそるおそるが聞くと、珪は何でもないように答えてきた。
「何…って…眠り姫には、王子のキスだろ?」
そうして、さらに近付いてくる珪に、はたえきれず叫んだ。
「ねっ…寝てないからいいですーっ!!」
「なんだ…残念…。」
くすりと笑った珪を見て、はぷいと視線を逸らした。
「…寝てる珪がいいよ。綺麗だし、からかったりしないし!」
そう言ったに、珪がぼそりと小さく呟く。
「…が、さっきの俺みたいに起こしてくれるなら…俺、眠り姫でもいいけど」
「だっ……誰が起こすかぁぁあっ!!」

スリーピング・ビューティー。
…寝顔が美しい彼の眠り姫は、起こさないが吉。




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