「わー、すっごいなー……。」
ズラリ並ぶ、赤、赤、赤。見事に4つ、赤点ゲット。…ゲットしても嬉しいものじゃない。
どうしてはば学では全員の成績を掲示するんだ。これ、軽くいじめだと思うんだよね。でももっと驚きなのは自分の下がいることなんだけどね。
(補習決定、か……)
明日からの予定、全部キャンセルしなきゃいけないじゃん…。いや、わかってたけどどうせ補習だって…。それでもわずかな希望を持って予定を入れてしまったのだよ。

「………は、い」
背後から呼ばれる。…振り向くまでもなく、そこにいるのが誰かはわかっていた。わかっていたからこそ振り向きたくなかった。
(ただしここで振り向かないとマナーに対してのお小言もらうの100%確実!どうせ怒られるなら少ない方が良い!!)
そう判断して、ゆるゆると振り返った。
「呼ばれたらすぐにこちらを向きなさい。君の行動にはタイムラグがある」
「は、はひ…」
結局怒られるんじゃないか。
とか思いつつ、余計なことは言わずにそのまま大人しくすることにした。
「今回も君の成績は惨憺たるものだった。もはや通常の補習で追いつく追いつかないの問題ではない。…私が指定した日時に、そこへ来ること。以上」
そう言って紙を一枚渡すと、氷室はすたすたと立ちさっていった。呆然としたのはだ。
(補習の宣告じゃ……ない、の…?)
追いつく追いつかないの問題ではない。まあそれは自分でもわかっている。
…が、見放されたというわけでもないらしい。カサ、と手元の紙を開くと、氷室らしい整った字でこう書かれていた。

『明日、午前1時、敷地内の教会の前で待っていること。』

「…いや、いやいやいや、おかしいだろコレ。」
午前1時とか。
なんで封鎖された教会の前?とか。
疑問が大きすぎて何が何やらさっぱりわからない。
…わからない、が。
(行かなかったら…)
やっぱり、何が起こるかわからない。
その紙をポケットに突っ込むと、とりあえずは教室へ戻ろうときびすを返した。…誰かに相談しようかとも思ったが、何か余計に不安を煽られそうなのでやめておく。


「………やはり、来たか」
廊下の影からこちらを窺っていた人物が、そう一言、ぽつりと呟いた。







宇宙王子と劣等生








「わぁ…ムード満点。今にもお化けがこんにちは!って感じ…」
「………………そうか?」
横から聞こえた声に、がちらりとそちらを見やる。…そこにいるのは、成績優秀のはずの葉月珪だった。何やら、三回寝たとかで補習になったらしい。(逆にすごいと思う。)
「…けどさー、どう考えても教会で、しかも深夜一時っておかしくない?みんなが言ってた変な噂思い出しちゃうよ…」
そんなことを呟きながら教会を見ていると、ふと、以前和馬が言っていたことを思い出した。…確か、教会の地下には巨大プラントがあって、そこでアンドロイドを作っているとかなんとか……?
(いやいや、ないって。ありえないって)
パタパタ手を振りつつ、はたと思い当たる。…けど、和馬、最近急に頭良くなったよね…?この補習にも顔出してないし…。
(まさか、和馬、アンドロイドになった…とか…?)
ぞくり、と背中を寒いものが走るのを感じた。そういえばそうだ、この前の中間のあとから和馬、急に頭が良くなった!
「はっ…葉月くん、やっぱり帰ろう!!ここは危な…」
「時間通りだな。よろしい、大変結構。」
「きゃーっ!!」
不意に聞こえた声に、文字通り飛び上がる。相変わらず微動だにしない葉月の視線を追うと、そこには氷室が立っていた。
「ヒッ…!先生…!!」
なぜだろう、いつもの氷室とは違う気がする。髪の毛が針金でできているように見え、間接にはネジが見えるような気さえする。
そんなことを考えている内に、知らず知らず後ずさっていたらしい。とんっ、と背中に何かが当たり、振り返るとそこには葉月がいた。
「…大丈夫だ。」
(え…?)
怯えきっていたに、やんわりと微笑みながらそう言う。…すると、不思議なことに、ふわりとした安心感に包まれた。そう、本当に「大丈夫だ」と思わせるだけの力を持っていたのだ。
「ではこれから補習場所へと向かう。私の後に付いてきなさい」
「はい」
「え?あ…はい!」
氷室のあとについて歩き出した葉月のあとを追って、慌てて歩き出す。
…なぜだろう。そのとき私は、これから何か大変な、それこそ宇宙規模での何かが…起こりそうな、そんな予感を感じていた。





(遠い……。)
もう、一時間もこうして歩いただろうか。氷室のテーマソング(火山微動性ver.)が不気味に流れているだけで、他に話す者もいない。
「あ、あのー…先生…?」
沈黙に耐えかねて、が前を歩く氷室に声をかけた。
「なんだ?」
「きゃぁぁぁぁぁあっ!!!」
くるっ、と振り向いた氷室は、綺麗に180゜首を回してこちらを見た。あり得ない姿勢だ。
「む…行き過ぎたか。気にするな、潤滑油の差しすぎだ」
(じゅっ、潤滑油…!?)
通常の人間ならば、そんなものはいらないのではないか。それとも自分も差していただろうか?
疑心暗鬼に陥って、自分の首を触っていたときだった。
「着いたぞ」
「え?」
唐突に現れた扉に、が間の抜けた声を上げる。…気のせいか、斜め後ろにいる葉月の気配が緊張したように感じた。
「ここで…補習…?」
「では入る。」
有無を言わさず告げられ、仕方なく氷室に従って中へと入った瞬間だった。
「行くな、劣等生!!」
「れっ…」
自分のことか!?
唐突に聞こえた葉月の声に、半ば呆れ、半ば怒って振り返ろうとしたときだった。
「ナイアガラダーンクッ!!」
「っ!!?」
ごぼっ…
唐突に頭上から襲ってきた大量の水に、動きを拘束される。
(息が…できない…!)
ていうかっ、今の声は…!!
ばしゃあっ。
「ごほっ、はっ、はぁっ…あんた、何してっ……かず、まっ!!」
「…………ふっ」
そう。
そこにいたのは、紛れもなく鈴鹿和馬だった。だが、いつもの彼とは違い、瞳には妖しげな光が宿っている。

ガシャンッ!!

「しまった…!」
「へっ…?」
を助けようとした葉月、そして滝に打たれて体力を奪われたを、手枷足枷が襲う。
「ふっふっふ…。君には今から、アンドロイド手術を受けてもらう。この鈴鹿のようにな!」
氷室が言い放った台詞に、が悲壮な声を上げた。
「そんなっ!じゃあ、あの噂はやっぱり…!」
「ああ。本当だった、ってわけだ」
ニヤリとして言った和馬は、やはり既にアンドロイドになっていたのだ。ここで待ち伏せていたのだろう。
「…今回は、この巨大プラント諸とも潰してやろうと思ってここまでついてきたんだが…」
「え?葉月くん、何を……」
不意に聞こえた葉月の言葉に、が眉を顰める。
「はっ、浅はかだな。私に勝てると思っているのか?」
「思っている。…から、来た。けど…」
ぼそりと。真横にいるにしか聞こえない声で葉月が囁く。
「伏せろ」
「っ……!」
なぜ従う気になったかはわからない。…わからないが、自分の味方は葉月だけだということ。既に理解の範疇を超えた中で、それだけはわかっていた。
「ふっ!!」

シャキシャキシャキィーン!!

気合い一発。
風が頭上を薙いだのを感じた次の瞬間には、拘束は解かれていた。
「しまった!!」
「作戦変更、一時撤退……モデルウォークっ!!!

キンキラキラリラリーンッ!!

「ぐわぁぁぁあっ!!」
「くっ…なんて華麗な歩きなんだ…さすがはスーパーモデル!!眩しすぎて何も見えない…待てっ、宇宙王子!!」
「行くぞ、劣等生」
「あ、うん…」
ぐいっと腕を引かれ、素直に従いかけて我に返った。
「ちょっ、さっきから劣等生劣等生ってひどくない?ていうか、宇宙王子って…?」
「話は後だ!!!」
そう言うと、を小脇に抱えていきなり宙を飛んだ。
「…っていやいやあり得ないでしょコレー!?」
耳元を風がすごい早さで通り過ぎてゆく。だが、氷室の声は離れることなくついてきた。
「ふはははははっ、私から逃げられると思っているのかね?」
暗い洞窟で追われる、このシチュエーションは…
「葉月くんっ、ムスカ様がいる!!」
「ああ。捨てるべき石はもっていないが、捕まるわけにはいかない。お前はそれより大事だ。あぁそれと、あのムスカは」
「目からビィィィィィイイイイム!!!」

ちゅどーんっ!!


「…を、出す」
「遅いよ!少し焦げたよ!!ていうか石と比べられても微妙だよ!!」
ちりちりと黒い煙を上げる髪を押さえていると、いつの間にか地上へ戻ってきていた。
「…やつがすぐ来るから、手短に説明する。俺の正体は宇宙王子。簡単に言えば、、お前のような劣等生を卑劣なあいつらから守る役目を担う」
「…私みたいなれっとーせーって。や、当たってるからなんともいえな……」
「劣等生!!」
「きゃぁあっ!!」
どんっ、と突き飛ばされ、地面に叩きつけられる。そのわずか数センチ前を激流が横切っていった。
(和馬…あなたはもうあのころの和馬じゃないのね……)
目の前が霞むのは、涙なんかじゃない。目から出る鼻水だ。…やっぱり汚いから今のはなしで。
「ふふふ…もう逃れることはできない。さぁお前もアンドロイドになれ!!楽に良い成績が取れるぞ!!」
「冗談じゃない…!」
慌てて葉月の近くまで近寄っていく。服の裾をぎゅ、と握ると、葉月が優しいまなざしを向けてきた。
「…大丈夫。お前は、俺が守る。劣等生。」
「うう…」
嬉しい。嬉しいから名前を呼んでよ宇宙王子。そんな爽やかな笑顔で劣等生とか言わないでよ。
「さぁ、その劣等生を渡してもらおうか、宇宙王子。君のプラントごと破壊する計画も崩れたわけだ。今回もその劣等生を見捨てて逃げるか?」
「バカを言うな。…こいつは、この劣等生は特別だ。そう簡単に渡すわけにはいかない」
(なんか嬉しいこと言われてる気がする。でも素直に喜べないのはなぜだろう)
ちょっと遠くを見つめていると、葉月がぎゅ、との手を握ってきた。
「えっ…?(ドッキン)」
「さぁ、滅びの言葉を!!」
「は………」
「お前は知っているんだろう!?」
「あ…え、と…」
(まさかバ●ス…じゃないよね、それはマズいよね色々と)
氷室先生がダメージを受けそうな言葉、人格崩壊(アンドロイドだけど)を起こしそうな言葉、それは…
「! わかった…葉月くん、耳貸して。ごにょごにょごにょ」
「ん…わかった」
そうして、手に手をとって叫ぶ。


「「氷室学級全員赤点!!」」


「うわぁぁぁぁぁああァっ、ア、グ…ぐ、あっぁあアっ……!!ひむ、氷室ガッ級 にその ようナ事はありエな …… イ…!!」
がしゃんがしゃんがしゃんぷしゅーっ!!!
煙を上げてぶっ倒れた氷室を見ると、和馬も同じ波動を感じたらしい。しばらくふらふらしてから同じく倒れた。
「…っは、はぁ、はぁ…良かった…」
「…良くやったな、劣等生。これでお前はもう大丈夫だ」
「いやあのだから劣等生って呼ばないで」
爽やかな笑顔に似合わぬ単語に、が乾いた笑いを浮かべる。
「劣等生…お前に願いがある。どうか…どうか俺と、」
切なげな眼差し。劣等生ももう聞こえない。…そう、私はこの先の言葉を知っている。
「え……?そ、そんな私突然…でも、でも…!葉月くんならっ、」

「喜んでっ…!!!」

「そうか。そこまで喜ばれるとは私も小言のしがいがある。放課後、可能な限り早く私の机まで来なさい」
冷静な声に、一瞬にして現実に戻る。…私は、何をしていた?今は、確か、数学の授業中で、そして、まさか、まさかよりによってヒムロッチの授業で、
「……お前、よく寝てたな。」
横にいる葉月の声に、は滂沱の涙を流して言った。
「〜〜〜宇宙王子、助けてよぉぉぉぉおおおっ!!」
「……は?」
わけがわからない、という風な葉月のさらに横では、和馬が大口を開けて寝ているのが見えた。そちらへ向かう氷室の後姿を見て、は不意に呼びかけてみたくなった。「氷室先生」と。
(…でも、)
なんだか本当に、180゜回りそうな気がして。
結局怖くて呼べませんでした。






「あの、先生……」
「なんだ。私の話はまだ終わっていないが」
「先生って…目からビーム、出せますか?」
「…………。君はどうやら根本から叩きなおすしかないようだな」



----------------------------------------------------------------
BACK