多くは望まない。
「そう…「プレゼントは俺でいいか?」の一言がもらえればそれでいいんです。」
「私は一度、君の頭の中を観察してみたい。」
冷静に返された台詞は、いつかどこかで聞いたことのあるものだった。







シュガーレス・プリーズ 2








「先生…それ、私が以前、動物園で…」
「そうだ。君が俺を観察したいなどと寝言を言ったときに使用した。今回のようにな」
「寝言じゃないってば!」
「妄言か?」
「〜〜〜〜〜っ!!」
可愛くないことを言うのはこの口かぁっ、と引っ張りたくなる衝動を全力で抑え込む。ここで喧嘩してしまったら、ホワイトデーは台無しだ。
「…冗談、ですよ。なーんてホントは本気だったけどね
「…何か言ったか?」
「いえいえいえっ!…でも、メートル原器は勘弁してくださいね?」
あのときは「氷室先生にもらえた」と単純に喜んでいたが、冷静に考えればあり得ない。女心がわかるわからない以前の問題だ。
「…では、今回は君の意見を取り入れよう。希望があれば言いたまえ」
「だから、せんせ…」
「俺以外でだ」
ぴしゃりとはねのけられ、ちっ、と軽く舌打ちなんぞしてみる。睨んできた視線をかわし、しばし思案した。
(でもなー…物質的に欲しいものは特にないし。何でも良いとか言ったら何買ってくるかわかったもんじゃないし…どうしよう…)
うんうん唸って、耳から煙が出そうになったところで氷室が席を立った。
「…先生?」
「紅茶を入れる。その間に考えておきなさい」
「はぁい…」
さて、どうしたものか。
キッチンで湯を入れている氷室の後ろ姿をぼんやり見つめていると、不意に「それ」が閃いた。そうだ、そういえばそうだった!
「先生!!」
「うわぁっ!!」
ずどんっ、と飛びついてきた優に、氷室が悲鳴を上げた。
!!突然何を…」
「ホワイトデーのプレゼント、決まった!」
瞳をきらきらさせてそう言うに、氷室は、うっ…と小さく唸った。がこんな風に笑ったときは、ろくなことがない。
「…なんだ。言ってみなさい」
意見を求めたのは自分だ。仕方なく促すと、が満面の笑みのまま続ける。

「キスさせてください!」

「………は?」
思考が、フリーズする。
…今、なんと言った?キスを…させて…?
「…ホワイトデーというものは男性から女性にするものであって、例えば今の例で言うのならば『してほしい』というのが正しい。だがしかし、一般的に言うならば女性の多くは物質的な見返りを求めるものであり、それ故に世の多くの男性は頭を悩ませ、財布の中身と相談をしなければならない事態に陥っている。そもそも三倍返しなどという風習が…」
「あああもう!理屈はいいの!」
思考に混乱を来したらしい氷室の腕をゆさゆさ揺すり、がなんとか意識を戻らせる。
「……優、」
「だって先生、私からしようとするとすぐ逃げるじゃない。不意打ちじゃほっぺにしかできないし、そのくせ自分は普段してくれないかと思ったら突然してきたりして。ずるいです!」
「ず…ずるくなどない…」
明後日の方を見たまま答える氷室に、爪先立ちで対抗してなんとか視界に入り込む。
「…先生?いいですよね?」
「いや…だから、」
「いいですよね?」
「その………」
「せ・ん・せ・い?」
「………わかった。わかったから、少し離れなさい」
氷室にしがみついたままのにそう言うと、眼鏡をかけ直してから優をおしやる。
「やった!」
「そんなにはしゃがなくてよろしい。紅茶を入れ終えるまで待っていなさい」
「はぁい!」
うきうきとしながら戻り、ソファにどさりと腰を下ろす。
…そう、今までは、自分からのキスに成功した試しがなかった。氷室はそういった気配を察知するのは早く、が行動に移る前にひょいと逃げてしまう。…だが、今日ばかりは逃げられない。
「…先生。紅茶入れるのにどんだけ時間かけてるんですか」
いつまでたっても戻ってこない氷室に声をかけると、ぴくりと小さく肩が震えるのが見えた。
「…今、行く」
(うーん…時期尚早だったかなぁ…)
ちょっと不安を覚えつつ、大人しく氷室がやってくるのを待っていると、妙に鯱張った氷室がお盆を持ってやってきた。
「…あのさ、先生、そこまでわかりやすく動揺されるとちょっとやりにくい…」
「俺は鯱張ってなどいない」
「はぁ…」
かちゃん、と音を立てて氷室がお盆をおくと、はずずいと氷室のいるソファへ寄った。
「じゃ、せんせ、失礼しますね」
「いや…待て……」
「往生際が悪いですよ」
すっ…と眼鏡を外し、それをテーブルの上へ置く。向かい合う形で氷室の膝の上に乗ると、再び何かを言おうとした氷室の唇を塞いだ。
「んっ……」
「………………っふ、はぁっ!…せんせ、唇冷たいんですね。ちょっと驚いちゃった」
「………………。」
真っ赤になって唇を押さえている氷室を見て、がぽりぽりと頬をかいて言った。
「…あの、そこまで赤くなられると私も恥ずかしくなっちゃうんですが…」
ゆっくりと膝の上から降りると、氷室の横に移動して肩に頭を預ける。「あ、眼鏡」と言って眼鏡を取ろうとすると、その手を握って氷室が止めた。
「いや…いい…」
「へ?いい、って…先生、見えないんじゃ…」
「それでいい…」
(今の状態で君の顔をしっかり見てしまったら…)
情けないが、本当に倒れてしまいかねない。今ですらいっぱいいっぱいだ。
「…せんせ、かーわーいーいー」
「可愛いという表現は、成人男子に用いるのは不適切な…」
「はいはい」
「…はいは一回でよろしい」
「はーい」
くすくすと笑いながら腕を絡めてくるに、氷室はまた心拍数を上げた。
(……全く君は)
俺がこういったことを苦手だと、わかってやっているから始末に負えない。


…角砂糖を溶かした紅茶のように、甘い時間。氷室がそれに慣れるには、まだまだ時間がかかりそうだった。



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